2026年9月26日、愛知・名古屋アジア大会のeスポーツ「ぷよぷよ」で、小学5年生の栗原悠輝が金メダルを取りました。

11歳3か月での優勝は、アジア大会の歴史の中で、すべての競技を通じていちばん若い金メダルです。

決勝でも、20代の韓国代表を10-2で退ける圧勝。

しかもこの11歳、平日のゲームは1時間くらいで、週に3回は夜9時まで塾に通い、中学受験の勉強もしています。

どうせゲームばかりしている子だろう、と思い浮かべていた人ほど、その毎日の中身に驚いたのではないでしょうか。

その1時間も、親が決めたルールではないというから、お母さんの育て方も気になるところです。

栗原悠輝とは、いったいどんな子なのか。

栗原悠輝のプロフィールと経歴

  • 名前=栗原悠輝(くりはら・ゆうき)
  • 選手名=ゆうき
  • 生年月日=2015年6月18日(11歳)
  • 学年=小学5年生
  • 出身=東京都
  • 所属=東京ヴェルディeスポーツ
ぷよぷよeスポーツ日本代表の栗原悠輝(JOC公式サイトのアスリートページより引用)
引用元:JOC(日本オリンピック委員会)公式サイト アスリート紹介 栗原悠輝(https://www.joc.or.jp/athletes/kuriharayuki/index.html)

各地のぷよぷよの大会に出ている人たちのあいだでは、小学校の低学年のころから「ゆうきくん」の名前で知られてきた選手。

  • 2023年4月 小学2年で大型ゲーム大会EVO Japanのぷよぷよ部門3位
  • 2023年・2024年 全国都道府県対抗eスポーツ選手権の小学生の部で優勝
  • 2025年 同じ選手権のオープン参加の部(大人も出る部門)で優勝
  • 2026年2月 ぷよぷよグランプリ ファイナルで年間王者
  • 2026年4月 アジア大会の日本代表に決まり、ぷよぷよ初の小学生プロになる
  • 2026年6月 東京ヴェルディeスポーツに加入
  • 2026年9月 アジア大会で金メダル

小学生の部で2年続けて勝ったあと、次の年には大人も混ざる部門で優勝していて、同世代の子どもたちの中ではもう相手がいなくなっていたことが分かります。

さかのぼれば、7歳だった2023年4月のEVO Japanでも、大人のトップ選手たちに交じって3位。

2026年2月には、プレイヤーの実力でクラスが分かれる「おいうリーグ」で、いちばん上のS級に上がり、Xにこう書いていました。

通っている小学校と性別

栗原悠輝は男の子で、JOCの選手ページにも男子選手として載っていますが、「ゆうき」は男の子にも女の子にもいる名前なので、写真を見てどちらだろうと思った人もいたかもしれませんね。

インタビューでは自分のことを「おれ」と呼んでいて、好きなスポーツは卓球とサッカー。

通っているのは東京都内の小学校で、いまは5年生ですが、学校名までは公表されていません。

本人も家族も学校のことは話しておらず、まだ11歳の子どもなので、表に出ていないのも自然なことでしょう。

ただ、学校生活をどう守っているかは、はっきりしています。

2026年4月に栗原悠輝ともうひとりの小学生・きーくんが、ぷよぷよ初の小学生プロになったとき、ぷよぷよを出しているセガは、大事なことは保護者と相談して決める、勉強や生活との両立を支える、夜遅い大会は避ける、といった約束を一緒に打ち出しました。

始まりは6歳のクリスマス

ぷよぷよとの出会いは、まだ幼稚園に通っていた6歳のクリスマスに、プレゼントとして買ってもらった『ぷよぷよテトリス2』でした。

ぷよぷよとテトリスがひとつに入ったソフトで、最初はテトリスのほうで遊んでいたそうです。

コントローラーを握ってためしにぷよぷよをやってみたら、それがいちばん楽しくて、そのまま夢中に。

金メダルのあとにも、ぷよぷよは「連鎖を打てたら楽しいし、1番自分にあうゲーム」と話しています。

大会に出るようになったのも、最初はぷよぷよを教えてもらう集まりに顔を出し、そのあと「大会あるじゃん」と気軽に出てみたら楽しかったのが始まりでした。

 

まだ小学1年だったころには、プロを目指すきっかけになる憧れの選手との出会いも。

ぷよぷよのトッププロのひとり、ともくんです。

2026年6月に東京ヴェルディeスポーツへ入ったときも、本人は「あこがれのともくん選手が所属している東京ヴェルディeスポーツに入れてうれしいです」とコメントしていて、憧れの人と同じユニフォームを着るところまで来ました。

2026年8月には、ぷよぷよの大会「飛車ぷよ」の決勝でその2人がぶつかり、優勝したともくん本人がこう書いています。

小学1年で見上げていた人と、4年ほどで同じチームの仲間になり、大会の決勝で向き合っているんですね。

平日のゲームは1時間くらい

金メダルのあと、1日の練習時間を聞かれた本人の答えは「やらない日もある。1日1時間くらい」でした。

2026年7月のインタビューでは、もう少しくわしく話しています。

  • 平日は1時間か、やらない日もある
  • やらない日は学校、塾、夕ごはん、お風呂、寝る
  • 土日は2時間前後
  • 大会の前はたくさんやる

ただ、夏休みで時間があった8月には「ほぼ毎日やっています。2時間ぐらい」とも話していたので、いつも1時間ぴったりというわけではありません。

それでも、アジアの頂点に立った選手の練習としては、拍子抜けするくらいの短さ。

 

1980年代にファミコンの名人として子どもたちの憧れだった高橋名人が、「ゲームは1日1時間」と呼びかけていたのを覚えている人も多いと思います。

では、この1時間はどうやって決まっているのか。

お母さんは東京スポーツの取材に「やりたいんだったら、そこに制限はかけない」「『練習しろ』もないし、『練習するな』もない」「本当に本人のペース」と話しています。

日頃から気をつけているのは、健康的な食事と、夜寝る時間の2つだけ。

塾のある日は、学校から帰ってランドセルを置き、塾へ行って、夕ごはんとお風呂を済ませたらもう寝る時間なので、ゲームはやらない日になります。

ゲームに向かえるのは、塾のない平日の1時間ほど。

ゲームのやりすぎを止めるルールではなく、1時間という長さを決めていたのは、11歳の毎日の予定そのものだったんです。

塾は週3回で夜9時まで

栗原悠輝は中学受験をひかえていて、週に3回、夜9時まで塾に通っています。

お母さんいわく、勉強も「自分からやっていて本当にすごい」。

勉強と同じように、ぷよぷよにも自分から向き合ってきた姿は、長く大会を見てきた人たちも知っています。

得意な教科は社会と算数で、社会が好きなのは、ぷよぷよの遠征でいろいろな町へ行っているぶん、教科書に宇都宮のような地名が出てくると「知ってる」となるからだそうです。

算数は昔から暗算が得意で、難しい問題を深く考えて「ひらめいた!」となる瞬間が本当に面白い、と話しています。

 

2026年7月、夏休みに楽しみなことを聞かれて挙げたのは、旅行と、塾の夏期講習にある「算数と社会の日」でした。

好きな2教科がそろう珍しい日で、その日がめちゃくちゃ楽しみなんだとか。

勉強を嫌がる子も多いなか、夏期講習を指折り数えて待つ小学生がいるということに、私はいちばん驚きました。

母親は「見守るだけ」

家族のことで表に出ているのは、ほとんどがお母さんの言葉で、お父さんやきょうだいについては公表されておらず、Xのアカウントのプロフィールにも「保護者管理」とだけ書かれています。

子育てについて聞かれたお母さんの答えは、2026年2月の取材で「基本的には見守るだけです」。

別の取材では「本人の意思を尊重して、やりたいようにさせています」とも話していて、ぷよぷよにのめり込んでいく姿を見たときのことを、こう振り返っています。

「もともと好きなことを見つけたときの熱量がすごいので、『ぷよぷよ』に熱量があるのに気づいたときに、なるべく自由に楽しんでほしいと思いました」

 

アジア大会のあと、お母さんが口にしたのは、こんな言葉でした。

「やっぱり笑顔が一番。納得して負けるんだったら、それもすごく良いこと」

本人が終わったあとに「上手くいった」「納得できた」と言っているほうがうれしい、とも話しています。

見守ってきたのは、家族だけではありません。

勝ち負けやメダルの色より、金メダルの日にお母さんが気にかけていたのは、息子が納得して戦えたかどうかでした。

賞金100万円は記念品に

プロ選手とはいえ、栗原悠輝はこれまで、大会の賞金を現金では1円も受け取っていません。

日本のeスポーツ大会には、中学生以下の選手には現金の代わりに記念品や特別賞品を渡すという決まりがあるため。

2026年2月のぷよぷよグランプリ ファイナルで年間王者になったときも、本来の優勝賞金100万円は、主催するセガからの記念品(特別賞品)に変わりました。

アジア大会は国の代表として出る大会なので、ほかの競技と同じく、金メダルそのものが栄誉で賞金はなく、金メダリストへの報奨金も五輪のような統一の仕組みがないまま、競技団体ごとの判断に任されています。

陸上のように金メダルに100万円を出すと公表している団体もありますが、日刊スポーツによると、ぷよぷよを含むeスポーツの日本の競技団体は、今のところ報奨金を出さない見通しで、所属先の東京ヴェルディは未定とのこと。

 

金メダルのあとの会見で、賞金をもらえたら何に使いたいかを聞かれると、本人はこう答えています。

「キラキラしたものが好き。宝石が結構好きなので、買いたいなぁって」

どんな宝石がいいかと聞かれると「青色とかがいいですね」。

アジアの頂点に立った選手がいちばんほしいのは、青い宝石。

韓国代表に10-2で勝った決勝

アジア大会では、9月24日の1次リーグを3戦全勝の1位で通過しました。

9月26日の決勝トーナメントは、先に5本取れば勝ちの準々決勝でシンガポールの選手に5-0、10本先取の準決勝でタイの選手に10-1と、ほとんどラウンドを落としていません。

決勝の相手は、韓国代表のカン・ドンシン。

 

決勝のあとには、相手のカン・ドンシンについて、こんな話も広まりました。

ぷよぷよは、同じ色のぷよを4つつなげると消えるゲームで、決勝を見るならあと3つだけ知っておけば十分です。

  • 消えたあとに落ちてきたぷよがまた4つそろうと、続けて消える(連鎖)
  • 連鎖が長いほど、相手の画面に邪魔な「おじゃまぷよ」をたくさん送れる
  • 自分の画面のぷよを全部消す「全消し」をすると、次の攻撃にボーナスがつく

決勝は1本目を先に取られたものの、2本目では素早い指さばきで16連鎖を決め、一気に押し返しました。

山場は5本目で、カン・ドンシンが全消しを決めて追い込んだ場面から、送られてきたおじゃまぷよを受けきって、逆にそのラウンドを取り返しています。

全消しは形勢をひっくり返せるほどの大きな一手なので、それを返されるのは、決めた側にとってかなりこたえる負け方なのです。

終わってみれば10-2。

1日12時間練習してきたとも伝えられる相手に、平日のゲームは1時間ほどの11歳が勝ったことになります。

カン・ドンシンは試合のあと、「正確さがマジで凄い」と11歳の相手をたたえました。

ぷよぷよ経験者ほど驚く19連鎖

ぷよぷよを遊んだことがある人なら、5連鎖を狙って組むだけでも、落ちてくるぷよの置き場所に何度も迷った覚えがあると思います。

ぷよぷよの画面は横6マス、縦13段で、ぷよを4つずつ消していくと、画面をまるごと使い切る19連鎖が、理論上の限界。

栗原悠輝は、ひとりで組むときにはその19連鎖を何度か出していて、相手からおじゃまぷよが降ってくる対戦の最中にも、限界まであと1つの18連鎖を決めたことがあります。

しかもトップ選手どうしの対戦では、自分の連鎖を組みながら相手の画面も見て、相手が組み終わる前に小さな連鎖でおじゃまぷよを送りつけ、その返し方まで読み合う駆け引きが、試合のあいだずっと続くのです。

家族や友だちと遊ぶぷよぷよとは、見ているものも考えている量も、まるで別のゲームなんですよね。

2026年2月のインタビューでは、自分の強みを「どういう連鎖があるのかっていうのは、ぷよ界隈で一番見えていると思っています」と話し、みんなが見えない発火(連鎖の1手目)や打ち方が得意だとも言っています。

 

その力がいちばんはっきり出たのが、2026年2月8日の「ぷよぷよグランプリ ファイナル」。

準決勝では前の年の王者deltaに10-3で勝ち、20本先取の決勝では憧れのともくんと当たって、途中まで4-8とリードされます。

それでも本人は「後半俺強いからいける!」と思いながら戦っていたそうで、最後は20-19の大接戦をものにしました。

負けたともくんは「ゆうきくんの速さについていけるように全力で速度を出したりしたんですけど頭が追いついていなくて」と脱帽するように振り返っていて、トッププロの頭が追いつかないほどの速さが、この子の一番の武器です。

2026年5月の大会「やみぷよ杯」でも、決勝で負けた選手がこんな言葉を残していました。

11歳がここまで強くなれた理由

いちばんの土台は、大連鎖そのものが好きでたまらない気持ちです。

ぷよぷよの魅力を聞かれた本人の答えは「大連鎖を見るのが一番楽しい」で、プレー中も「とにかく、大連鎖を組みたいって気持ちが強い」といいます。

そしてもうひとつが、1日1時間ほどの練習の中身。

練習のときも本番と同じように本気で戦いにいくので、練習と本番で戦い方がほとんど変わらないそうで、短い時間でも毎回が試合と同じ真剣さになっているんです。

 

さらに、自分の弱いところまでちゃんと言葉にできるのも、11歳とは思えないところ。

アジア大会の前には、苦手なプレーとして「中盤戦っていう途中で相手にお邪魔ぷよを少ない連鎖で送る技術」を挙げていました。

大連鎖が得意なぶん、小さな連鎖で先に仕掛けるほうはまだ伸ばしたいと、自分でちゃんと分かっているんです。

 

グランプリでは、全消しを狙うのが王道とされるなかで、あえて自分からは取らない「全消し拒否」という戦い方も試していました。

本人いわく「めちゃくちゃ勝率が高い戦術、というわけではなかったです。ただ、なんとなくやりたいなと思ってしまって」。

年間王者を決める大会でも、面白そうな手はつい試してしまう。

好きだから組みたくなり、本気で組むから連鎖が見えてくる、その繰り返しを6歳から続けてきたことが、アジアの頂点までつながっていたのかもしれません。

表彰台でも表情を変えない11歳

緊張感の漂う決勝の直前、栗原悠輝は会場で大きなあくびをしていたそうです。

本人が「強くて、一番当たりたかった」と話していたカン・ドンシンとの決勝にも「そんなに緊張しなかった」そうで、プレー中も表彰台でも、ほとんど表情を変えませんでした。

その理由を聞かれると、少し照れくさそうにこう答えています。

「少し恥ずかしくて、表情を見せたり、変えたりできなかった」

 

お母さんによると、国内の大会でタイトルを取ったときも「わりとシーンとしてる」そうで、「究めてきた道のりの一つみたいに捉えているのかな」と話しています。

金メダルがどれくらいうれしいかを聞かれたときも、自分のぷよぷよ人生の中で「2番目か3番目くらいにうれしい」という答え。

ところが、その日のうちに投稿された本人のXは、こうです。

カメラの前ではポーカーフェースでも、心の中ではちゃんと「うおおおお」だったんですよね。

苦手は国語と理科と英語

ゲームも勉強もできて、スポーツまでこなすと聞くと、何でもできる子なんだと感じた人は多いと思います。

でも本人に苦手な教科を聞くと、答えは国語と理科と英語。

図工も、工作は得意だけれど白い画用紙に絵を描くのは苦手で、音楽は「難しい」と正直に話しています。

 

将来の夢は電車の運転士で、ぷよぷよよりもっと前から好きだった電車に、毎日乗れるからというのが理由。

「楽しく暮らせるような大人になりたい」とも話していて、ぷよぷよの夢は「結構叶っちゃっている」そうです。

ゲームも勉強も、好きになったものにはとことん熱中する11歳、それが栗原悠輝ということですね。