2026年9月26日の『芸能人格付けチェック』秋の3時間半スペシャルで、ToshlのプロフィールからX JAPANの名前が消えていました。

元モーニング娘。の後藤真希とのペアで出演したToshlの名前は「龍玄(りゅうげん) とし(60)」と映り、プロフィールの書き出しは「’89年 ロックシンガーとしてメジャーデビュー」。

「紅」も「Forever Love」も、この人の声で覚えた人が日本中にいるのに。

 

「X JAPANのToshIではなくなったのか まぁ仕方ないね」と、寂しさ半分、あきらめ半分でつぶやきたくなった人も多いはずです。

龍玄としという重々しい名前は、宗教と関係があるのか。

2年前にYOSHIKIがSNSで「話し合いしない?」と呼びかけた確執は、いまどうなっているのか。

格付けに映った「龍玄 とし(60)」

格付けチェックは、一流品と安物を見比べて、間違えるたびに「一流芸能人」から「映す価値なし」までランクが下がっていく番組です。

今回、龍玄としは後藤真希とペアを組み、「チーム天秤座の歌手」として音楽の問題にも挑みました。

音楽の問題の前には「これで間違えたら、僕ホント、アーティスト辞めます。大丈夫です!」と言い切ったものの、結果は不正解。

 

司会の浜田雅功に「引退するって」とすかさず拾われると、最後は最下位の「映す価値なし」まで落ち、浜田の一声で生成AIの丸刈り姿まで作られてしまいました。

画面のプロフィールは、’89年のデビューの次がいきなり’18年の「音楽プロデューサー、画家としても活動」に飛んでいて、紅白も東京ドームも再結成も、そのあいだの30年近くは1行も出てきません。

まるでタブーのように、共演者が誰ひとりX JAPANやメンバーの話に触れなかったのも落ち着かないところでした。

放送の翌日に本人が書いたブログも、名器ストラディバリウスを弾くプロと聴き比べる問題に出てきた中学生の演奏をたたえ、浜田雅功へのお礼を述べる内容で、X JAPANには触れていないんです。

龍玄とし(Toshl)のプロフィールと経歴

  • 活動名=龍玄とし(りゅうげん・とし)
  • X JAPANでの名前=Toshl(トシ。ファンのあいだではToshIとも書かれる)
  • 本名=出山利三(でやま・としみつ)
  • 生年月日=1965年10月10日(60歳)
  • 出身=千葉県館山市(YOSHIKIとは子どものころからの幼なじみ)
  • X JAPANでの担当=ボーカル
  • 1989年 X(のちのX JAPAN)としてメジャーデビュー
  • 1997年 X JAPANからの脱退を表明、12月31日の東京ドームで解散
  • 2007年 X JAPANの再結成を発表
  • 2014年 著書『洗脳 地獄の12年からの生還』を出版
  • 2018年 龍玄としを名乗りはじめる、9月に幕張メッセでX JAPAN公演
  • 2019年 上野の森美術館で初の個展
  • 2026年 アニソンカバー『IM A SINGER VOL.4』をリリース

熱狂に包まれた再結成のあと、2017年の大みそかには、紅白のステージでYOSHIKIのドラムと一緒に「ENDLESS RAIN」と「紅」を歌いました。

ソロで歩くいまは龍玄としとして、アニソンのカバーアルバムを出し、YouTubeやニコニコ生放送でファンと話す場を自分でつくり、2026年10月10日と11日には誕生日のコンサートも控えています。

甲子園で今も鳴る「紅」

Toshlが歌った「紅」は、毎年の夏、甲子園をはじめ高校野球のスタンドから聞こえてくる応援の定番ですよね。

最初に応援で使ったのは北海道の北照高校の吹奏楽部で、1991年8月8日、熱気あふれる夏の甲子園のアルプススタンドだったと言われます。

YOSHIKIも2015年、全国の応援歌になっていることに驚きながら、つらいときにも前を向く力になるように作った曲なので光栄だ、と話していました。

ブラスバンドが鳴り響く野球の応援で「紅」を覚えた子どもに「これ、誰の曲?」と聞かれたら、答えは、YOSHIKIが作ってToshlが歌ったX JAPANの曲。

龍玄としは青龍と玄武から取った名前

龍玄としという名前を使いはじめたのは2018年で、Twitterを始めた2018年4月30日の最初の投稿も、この名前での挨拶でした。

2018年12月のインタビューで、本人は「苗字があった方が単純にいいかなって」「心機一転、強そうな名前がいいなと。『四神』が二つ入ってるので、縁起がいいですよね」と話しています。

龍は東を守る青龍、玄は北を守る玄武のこと。

 

「龍玄」という重々しい響きから宗教の名前ではと疑う人も出ましたが、本人が語った由来に宗教の話は出てきません。

当時の本人の話では、歌はToshl、本や絵やバラエティは龍玄とし、という使い分けでした。

ところがいまは、アルバムもコンサートも、ブログのタイトルもXの名前も、すべて龍玄とし。

「洗脳」から抜けたのは2010年

1997年にX JAPANからの脱退を表明したころ、Toshlは自己啓発セミナー「ホームオブハート」と深く関わるようになり、そこから苦しい12年ほど、稼いだお金のほとんどがセミナー側へ流れていたと本人が明かしています。

奇跡と騒がれた2007年のX JAPANの再結成も、まだその只中(ただなか)のこと。

2010年1月には自己破産と離婚を公表し、フラッシュが焚かれるなか弁護士と一緒に記者会見を開いて、Toshlはようやくセミナーと縁を切りました。

 

2014年7月には、その12年を自分で書いた本『洗脳 地獄の12年からの生還』を出しています。

同じ年の9月、日本外国特派員協会での会見でYOSHIKIとの関係を聞かれると、「今が一番仲がいい」とまで答えていました。

幼なじみだった2人の距離が目に見えて開いていくのは、洗脳騒動が終わってから8年たった、2018年のころから。

いまの確執は、洗脳騒動が終わったあとに始まった、別の話なのかもしれません。

最後の舞台は2018年の幕張

2018年7月、アニメ『進撃の巨人』の主題歌が、L’Arc~en~CielのボーカルHYDEを迎えた「X JAPAN feat. HYDE」の名前で発表され、のちに「YOSHIKI feat. HYDE」へ改められました。

ボーカルがToshlではなくHYDEの曲が、一度はX JAPANの名前で発表されたこの一件は、いま振り返ると、ひとつの分かれ道にも見えます。

その2か月後、幕張メッセで予定されたX JAPANの3日間の公演は、最終日が台風で観客を入れられず、誰もいない客席に向けてライブを配信する形になりました。

 

この幕張のあと、X JAPANとしての活動にToshlは加わっていません。

2020年ごろには、ToshlのInstagramからYOSHIKIと並んだ写真が消え、公式サイトのプロフィールからもX JAPANの記載がなくなったと、週刊誌の女性自身が報じました。

2022年11月にはYOSHIKIが、HYDE、X JAPANのギターのSUGIZO、ギタリストのMIYAVIと新しいバンド「THE LAST ROCKSTARS」を華々しく組み、メンバーにToshlの名前はなし。

 

そして2023年10月29日、ベースのHEATHが55歳で亡くなります。

2023年11月28日にYOSHIKIが呼びかけたお別れの場には、ギターのPATAやSUGIZOが集まりましたが、そこにToshlはいませんでした。

連絡があったのかどうかは、HEATH側のスタッフ、Toshlの事務所、YOSHIKIの事務所の3者で言い分が食い違っていて、誰の話が正しいのかは分かっていません。

 

その年の大みそかの紅白でも、YOSHIKIがPATAやHYDEたちとX JAPANの曲を演奏しましたが、ファンが待ち望んだToshlの声が響く場面は、そこでも来ないまま。

それでもToshlは、2024年1月22日のHEATHの誕生日に、2人で並んで演奏した映像をブログに載せ、「としさん!」と話しかけてくれた声を思い出していました。

長年苦楽を共にしたHEATHを思う気持ちは同じでも、ToshlとYOSHIKIは別々の場所で見送っていたことになります。

YOSHIKIの「話し合いしない?」

2024年8月6日、YOSHIKIはXでToshlのアカウントに向けて「話し合いしない?」とだけ投稿しましたが、Toshlの側から、この投稿に公の場で返事をした形跡はありません。

その翌年、2025年10月10日のToshlの60歳の誕生日に、YOSHIKIからはこんな言葉が届いています。

「お互いにいろいろとあるけど」の中身は、2人のどちらも明かさないまま。

週刊誌の女性セブンなどは、X JAPANのメンバーに報酬が払われていないという話を関係者の声として報じてきましたが、YOSHIKIの事務所は2023年12月、その記事は事実ではないとして出版社を訴えていて、判決の知らせはまだありません。

いつか仲直りしてくれると信じたいファンの前で、「話し合いしない?」から2年、2人が同じ場所に並ぶ日は、まだ来ていないんですよね。

前作から30年出ない新アルバム

新しいアルバムは2008年ごろから作られていて、2010年、2012年、2016年と何度も発売の時期が予告され、2018年9月にはYOSHIKIが「完成した」とまで話していました。

ところが2020年10月には、また延期をわびることになり、そこから先は時期すら口にされなくなります。

2024年8月1日の会見では、YOSHIKIが「僕もできればアルバムを出してしまって、そういったものから解放されたい」と打ち明け、X JAPANの今後は「現時点では何も言えない」と答えていました。

何がつかえているのかは、外からは分からないまま。

看板であるボーカリストの口からX JAPANの今後がまったく聞こえてこない今、アルバムの話だけが先に進むとは、想像しにくいと思います。

ツアーに欠かせないToshlの声

アルバムが出たなら、次はライブで、あの曲たちを生で聴きたい。

ドラムのYOSHIKIは首の手術を2009年、2017年、2024年10月と3回重ねていて、2026年の活動もピアノとオーケストラが中心です。

ギターのhideは1998年に、元ベースのTAIJIは2011年に亡くなり、HEATHももういません。

それでも、ステージの真ん中でToshlが歌っていれば、ファンにとってはそれがX JAPANです。

ToshlのForever Loveが聴きたい

名曲の新たな形として、YOSHIKIは7月にロサンゼルスの公演で共演したアメリカの歌手ジョシュ・グローバンの「Forever Love」を2026年8月28日に世界へ配信し、「その歌声に、言葉を失いました」とまで書いています。

そのころ、「ToshIが歌うForever Loveが聴きたい」と書いた若いファンが、YOSHIKI本人にその投稿を引用され、ほかのファンから責められてアカウントを消してしまった、という話も出ました。

新しいアルバムは30年、ToshlのいるX JAPANは幕張から8年、ファンはずっと待ち続けています。

 

格付けの画面を見て「なんか悲しいな」とこぼした人も、「還暦過ぎたから復活はもうないね これからは歌手龍玄としとしてがんばってほしい」と背中を押した人も、Toshlの声をずっと聴いてきた人たちです。

戻らないのなら、それはそれで受け止めたいし、戻る日があるのなら信じて待ちたい。

それなのに、どちらなのかを本人たちの口から聞けないまま、テレビに映った1枚のプロフィールで、また少しだけ察することになる。

「まぁ仕方ないね」の奥にあるのは、このやりきれなさなのかもしれませんね。