女子バレー“リップ”批判…なぜ見た目の話は負けた日にだけ始まるのか
「試合中にこんなリップ直す必要ある?」
8月29日の夜、そんな投稿がタイムラインを埋めました。
バレーボール女子日本代表が、負けた直後のことです。
その投稿は一日たたないうちに1,300万回以上表示され、「そりゃ負けるわ」という一行をめぐって、賛成と反対にまっぷたつに割れます。
そこへ、翌朝こう返した人がいました。
「リップ数秒塗ったりピアスつけてパフォーマンスに影響出るような競技、練習量じゃないのよ」
この反論も、90万回以上見られています。
今回は、そもそもルールがどうなっているのかを初めての方にもわかるように整理したうえで、この手の批判が「負けた日」にだけ来るのはなぜなのかまで、順番に解説していきますね。
負けた直後の夜に始まったこと
まず、何が起きたのかを順番に並べてみます。
2026年8月29日、中国・天津で開かれていたバレーボール女子アジア選手権の準決勝。
日本はタイに1対3で敗れ、決勝進出を逃しました。
タイ戦を終えて会場をあとにする石川真佑選手にインタビュー/バレーボール アジア選手権 日本 1-3 タイ <8月29日|中国・天津>
— フジテレビ☆バレーボール (@fujitv_volley1) 2026年8月29日
会場をあとにする選手のインタビューが流れたのと、ほぼ同じ時間帯です。
一つの投稿が広がりはじめました。
「女子バレー チャラつきすぎて無理」。
試合中にリップを塗り直す必要があるのか、ピアスは危なくないのか、ネイルの色まで並べて、最後がこう締められています。
「勝てるならいいけど勝てないし。そりゃ負けるわ。呆れる」。
先に、ひとつ断っておきますね。
その動画に映っていたのが誰なのかを、私は確かめきれませんでした。
投稿には主将の名前がタグとして添えられていましたが、映像から選手を断定できる材料はありません。
なのでこの記事では、特定の誰かをかばったり責めたりはせず、「見た目の話」そのものを扱います。
ルールブックに「ピアス禁止」の条文はない
いちばん多かった心配が、「あれ、危なくないの?」でした。
これは、まっとうな心配だと思います。
なので、ルールの話から始めますね。
バレーボールの用具について、国際的なルールが決めていることは、じつはとても短いんです。
- 着るものは、ユニフォームのシャツとパンツ、靴、そして背番号
- 禁止されているのは「傷害の原因となるもの」と「人為的に有利になるもの」を身につけること
- メガネやコンタクトレンズは、各自の責任において使ってよい
- けがを保護するためのサポーターは、着けてよい
読んでいただくと分かるとおり、「ピアス」も「リップ」も「ネイル」も、条文には一語も出てきません。
禁じられているのは品目の名前ではなく、〈けがにつながる状態〉のほうなんです。
だから、大きく揺れる金具やネットに引っかかるサイズのものは外すことになりますし、耳に密着した小さなものなら、審判が危険と見なさないかぎり、そのままコートに立てます。
では、なぜこれだけ多くの人が「昔はダメだったはずだ」と感じたのか。
ここが、この騒ぎのいちばんの入口だと思っています。
日本の部活動、高校や大学の大会、地域のママさんバレー。
そういう国内の現場では、アクセサリーを一律で禁止しているところがほとんどです。
これには、ちゃんと理由があります。
中学の大会だと、朝から晩まで何十試合も回していくわけです。
その一つひとつで「この子のピアスは危ないか、あの子のは平気か」と審判が判断していたら、試合が始まりません。
だから、はじめから全部外してもらう。
安全のためというより、その場でいちいち判断しなくて済むための線引きだったわけですね。
つまり、多くの人が体で覚えている「バレーのルール」は、国際大会のルールではなく、自分が通っていた体育館のルールでした。
ルールが緩くなったわけでもなく、そもそも別のルール。
この一段のズレが、そのまま怒りの燃料になりました。
俺が女子バレーの監督なら、ピアスやイヤリングは禁止。許可するとしても、正面から見て耳の輪郭からはみ出ない程度のポチっとした奴程度。接触したりネットにひっかかったりしたときの事故が怖すぎる。おしゃれを禁止したいんじゃなく、接触プレーを推奨したいんじゃなく。見てて怖いから嫌。
— なす (@jV6u6oRNq2Ypp2t) 2026年7月22日
この投稿のように「おしゃれを禁止したいんじゃなく、見てて怖いから嫌」という言い方なら、話はきれいに噛み合います。
安全の心配は、安全の心配としてできる。
むずかしくなるのは、そこに「そりゃ負けるわ」がくっついた瞬間なんです。
「リップ数秒」が本当に指していたもの
リップのほうも見ておきましょう。
国際大会の会場は、たいてい空調が効いていて、よく乾きます。
汗をかいて、水を飲んで、口で息をして、2時間近く。
唇は、ふつうに割れます。
しかもその顔は、世界中に生中継されたまま。
冒頭の反論の言い方を借りれば、「全世界にすっぴん晒すの嫌だな、唇割れてきたな」と気にしながらプレーするくらいなら、数秒で塗って忘れたほうがいい。
数秒を惜しむ競技ではない、という指摘でした。
そして、ここからが本題です。
まったく同じピアスが、7月には「かわいい」と言われていました。
3-1でタイに勝利7勝目 応援ありがとうございました 「ピアス可愛い!」という声をいただいたので写真撮らせてもらいました お母さんから借りたそうです 次は11日(土)19:00〜 vsトルコです! byまね
— 佐藤淑乃 (@sato__yoshino) 2026年7月9日
7月9日、ネーションズリーグ。
このときの相手も、じつは同じタイでした。
そしてこの日、日本は3対1で勝っています。
選手のアカウントは、「ピアス可愛い!」という声に応えて、わざわざ写真を撮って出してくれました。
お母さんから借りたピアスだったそうです。
1万人以上が「いいね」を押し、スポーツメディアも「正体判明」と記事にしました。
これは、去年からの流れでもあります。
2025年の夏にも、日本代表の選手たちの髪の色やネイル、ピアスが話題になりました。
そのときスポーツメディアが立てた見出しは、「おしゃれ可愛くなってる」。
好感、として報じられていたわけですね。
ちなみに、そのとき記事に写真が使われていたのは、今回タグを付けられた選手でした。
同じ夏、同じ相手、同じ耳。
勝った日は「可愛い」、負けた日は「チャラい」。
変わったのは選手の側ではなく、スコアのほうでした。
見られていたのは見た目ではなかった
こう書くと、「じゃあ勝てば文句は出ないんだね」と言いたくなります。
ところが、そうでもありません。
7月12日、日本がまだ勝ち星を重ねていた時期にも、「弱いのにお洒落だけしてないで練習しろよ」という投稿が10万回ほど見られていました。
「弱い」の基準は、そのつど動きます。
言いたいことが先にあって、理由のほうはあとから足していく形。
今回の投稿にも、じつは同じ形が入っていました。
「勝てるならいいけど」の一行です。
やさしい言い方に見えて、これは条件つきの許可なんですよね。
勝っているあいだは見逃してあげる、負けたら取り上げる。
そう言われた側にできることは、勝ち続けることしかありません。
しかも勝ち続けても、7月のように「弱いのに」と言われる。
この条件は、最初から満たしようがない条件なんです。
もうひとつ、気づいたことがあります。
負けたあの夜、目についていたのは見た目だけではありませんでした。
女子バレー 得点するたびに控え選手の煽るような応援 あれはどうなの? 自分は不快、そこまでやる?
— いくし (@ixysani) 2026年8月29日
得点のたびのベンチの盛り上がり方が「不快」。
こちらも14万回ほど見られています。
リップ、ピアス、ネイル、髪の色、応援の身ぶり、負けたのに笑っていた顔。
あの夜に並んだものを一つずつ見ていくと、共通点は一つしかありません。
全部、勝敗と関係のないところです。
負けた日には、勝敗と関係のないものが、急にくっきり見えるようになる。
意地悪だからではないと思うんです。
うまく説明できない敗因を、目に見えるもので埋めようとしているだけ。
「そりゃ負けるわ」の“そりゃ”は、理由ではなく、納得のかたちなんですね。
言ってしまえば、これは私たちの側の落ち着かなさの処理です。
同じ夜、コートの上では別のことが起きていました。
これ、バレーだけの話ではないんですよね。
負けた女子サッカーの髪型、点の入らなかった選手の私生活、成績の落ちたチームの新しいユニフォーム。
思い返すと、負けたあとにだけ話題になるものって、だいたい決まっているんですよね。
そして不思議なことに、勝っているチームの同じ髪型は、個性と呼ばれます。
家の中でも、似たことをしていませんか。
テストの点が悪かった日にかぎって、子どもの机の散らかり方が気になる。
散らかった机が点を下げたわけではないと、本当は分かっているのに、です。
あの夜に日本が本当に失っていたもの
最後に、あの夜いちばん大きな出来事だったのに、いちばん語られなかった話をさせてください。
バレーボール女子日本代表の今後の五輪出場権獲得ルート。ロス五輪の女子バレー12枠がどのように決まるのか、画像にまとめました。日本は昨日の準決勝敗退により、アジア選手権優勝による五輪出場権の直接獲得を逃しました。次の五輪出場権獲得ルートは、2027 FIVB Volleyball World Cupです。
— たっちゃん (@WhiskyLover0305) 2026年8月30日
ロサンゼルス五輪のバレーボールは、男女12チームずつ。
開催国アメリカを除く11の枠は、三段階で決まります。
最初の関門が、2026年に開かれる5つの大陸選手権。
ここで優勝した5か国だけが、まっさきに切符を手にします。
準優勝以下に、枠はありません。
日本バレーボール協会も、この決め方を今年4月に発表しています。
つまり8月29日の準決勝は、日本が最短で五輪出場を決められる、たった一度きりの試合でした。
次のチャンスは2027年の世界選手権(ワールドカップへ名称が変わります)で上位に入ること。
そこも逃せば、2028年6月の世界ランキング待ち。
一年以上、宙ぶらりんが確定した夜だったわけです。
その宙ぶらりんが、9月のアジア大会でどう出たのかはこちらです。
その夜、タイムラインでいちばん伸びたのは、リップの投稿でした。
1,300万回。
五輪の枠の話は、5万回ほどでした。
だからといって、「危ないと思ったことを黙っていろ」とは思いません。
安全の心配は、選手の体のためのものです。
むしろ、どんどんしてほしい。
ただ、書き込む前にたった三つだけ確かめると、言葉の行き先が変わります。
- ルールは、それを禁止しているか(していないなら、違反ではなく好みの話)
- 勝っていた日にも、同じことを言ったか
- その心配は、選手の体のためか、自分の気分のためか
三つ目でひっかかったときだけ、少し飲み込む。
たぶん、それだけで足りるはずなんですよね。
日本は今日30日、3位決定戦に臨みます。
その試合が終わったあと、私たちが何を話しているか。
リップの話をしているのか、それとも、あの試合で上がらなかった2本目のトスの話に戻れているのか。
同じ耳のピアスを、可愛いと呼ぶのかチャラいと呼ぶのか。
それを決めているのは選手ではなく、いつもこちら側なのだと思います。











