2026年9月18日の夜、アジア競技大会の女子バレーボールで日本がインドネシアに勝った直後に飛び出したのが、「佐藤淑乃(さとう・よしの)には伸び代がない」という言葉でした。

好不調のムラが多い、引き出しが少ない、格上には通用しない。

勝った試合なのに名前を出して責められたのはこの選手だけで、その佐藤選手はこの日11点を挙げています。

「伸び代しかないでしょ、これからなんだから」と庇うファンの声も上がりました。

ただ、怒っている側が指しているプレーも、たしかにこの日のコートで起きたことです。

名前を出された24歳が、この1年で代表からどんな重い役を渡されてきたのか。

格下相手に落とした第3セット

試合が行われたのは、地元の愛知県小牧市にあるパークアリーナ小牧です。

この大会は開幕前から選手村が足りないという話で荒れていましたが、コートの中はまた別です。

日本はインドネシアにセットカウント3対1で勝ち、開幕2連勝でグループの1位通過を決めました。

ところが第3セットは終盤までリードを許し、佐藤選手のスパイクで必死に追いすがったものの23-25で落とします。

取り返した第4セットも、序盤に3連続失点で先行される苦しい入りからの競り合いでした。

世界ランキングは日本が上です。

スタメンはセッターの関菜々巳(せき・ななみ)選手、ミドルブロッカーに地元・愛知出身の山田二千華(やまだ・ふちか)選手、アウトサイドヒッターに鴫原ひなた(しぎはら・ひなた)選手と佐藤選手という並びでした。

この日チームでいちばん点を取ったのは、途中から入った20歳の秋本美空(あきもと・みく)選手です。

佐藤選手にはサービスエースもありました。

初戦ではネパールをストレートで下していて、チームはここまで負けなし。

怒りが向いたのは佐藤淑乃ひとり

言われている批判の中身は、はっきりしています。

打ち切るべき場面で打たず、打たなくていい場面で中途半端に打つ。

普通に打てる体勢なのにフェイントに逃げている。

どれも、プレーの話です。

勝ち負けではなく、ここぞで決めきる姿が見たかったという話なんですよね。

引っかかるのは、この日ミスをしたのが佐藤選手だけではないのに、批判で名前が出るのはいつもこの人ひとりだということです。

格下相手に苦しんだ日ほど、いちばん決めてくれるはずの人へ厳しい視線が集まるので、見ている側は勝ったはずなのに試合のあとのほうが気持ちが重くなるのでしょう。

ここから先はメダルを争う決勝ラウンドで、力の落ちる相手と当たる試合はもうないので、次に同じ形が出たら今度こそ負ける、という怖さが先に立っているのだと思います。

佐藤淑乃のプロフィールと経歴

佐藤淑乃(ヌミア・ヴェロバレー・ミラノ公式サイトのチーム紹介ページより引用)
引用元:Vero Volley 公式サイト「A1 FEMMINILE」(https://www.verovolley.com/a1-femminile/)
  • 生年月日=2001年11月12日(24歳)
  • 出身=千葉県千葉市
  • 身長=178cm、体重=62kg
  • ポジション=アウトサイドヒッター(OH)
  • 最高到達点=305cm
  • 所属=ヌミア・ヴェロバレー・ミラノ(イタリア・セリエA)、背番号5
  • 家族=姉の彩乃も現役の選手(アリーザ愛知のセッター)

アウトサイドヒッターというのは、コートの左右の端から強く打って、なおかつ相手の速いサーブを正面から受けてレシーブもする役どころ。

攻めと守りを同じ人が休みなく往復するので、試合の終盤にはいちばん先に疲れが出ます。

中学のころにはもう千葉県の選抜チームに選ばれていて、進んだ敬愛学園も全国大会の常連校でした。

  • 2017年 千葉市立松ケ丘中学校から敬愛学園(けいあいがくえん)高校へ
  • 2020年 筑波大学へ進学
  • 2022年 大学3年で日本代表に登録、ネーションズリーグ初出場
  • 2023年 ユニバーシアードで銀メダル、全日本インカレで筑波大を4年ぶりの優勝へ
  • 2024年 NECレッドロケッツ川崎へ加入
  • 2025年 SVリーグで最優秀新人賞
  • 2026年 イタリア・セリエAのミラノへ移籍

大学3年で代表に呼ばれたネーションズリーグでは初戦の韓国戦でいきなりスタメンに入っていて、中学から大学までずっと勝つチームの真ん中に置かれ続けてきた選手です。

試合中にリップクリームをサッと塗っただけで真剣さを疑われた8月の騒ぎも、負けた日に始まりました。

ところが、この人がコートで任されているのは、日本のエースの役です。

古賀紗理那から引き継いだ背番号2

2024年、NECレッドロケッツ川崎の佐藤選手は、内定選手として着けていた22から背番号を2へ変えました。

2は、NECでキャプテンを務め、パリオリンピックを最後に引退した古賀紗理那(こが・さりな)が長く着けていた番号。

東京オリンピックにもパリオリンピックにも出て、日本のエースを務め続けた選手でした。

そしてその2を着けた最初のシーズンに、ベストアウトサイドヒッターにも選ばれています。

2026年4月にはアジアのクラブ選手権でチームを優勝へ導き、大会のMVPと最高のアタッカーの個人タイトルを両方持ち帰りました。

移籍が決まったあとに迎えた、NEC最後の大会がこの優勝。

背番号2を背負って国内でプレーしたのは、振り返ればこの2年だけでした。

その2を着けた選手が悔しさで泣いた顔を、去年の9月に日本中が見ています。

去年のブラジル戦で34点を取った

「格上には通用しない」という言い方には、去年のうちにもう答えが出ている試合があります。

2025年9月7日、タイのバンコクで行われた世界選手権の3位決定戦で、日本は当時世界ランキング2位の強豪ブラジルと当たりました。

東京オリンピックの銀メダルチームで、日本が長いあいだどうしても勝てずにきた相手です。

最初の2セットを一方的に持っていかれたところからの試合で、そこから第3セットを取り返し、第4セットは29-27までもつれてなお日本が奪い返します。

そしてフルセットの末、最後の第5セットを落として2対3。

このブラジル戦でチーム最多の34得点を挙げたのが、当時23歳の佐藤選手です。

それでも2010年以来15年ぶりのメダルはあとわずか2点のところで消えて、試合後の佐藤選手は悔し涙を止められませんでした。

日本の4位が決まった夜。

そこで出てきた言葉が「最後の1点を取りきる力が足りなかった」。

チームでいちばん点を取った本人が、取りこぼしたほうを数えていたわけです。

この日の34得点に、スポーツ紙は「覚醒」という見出しを付けています。

3月にイタリア行きが決まっていた

イタリアへの移籍の噂が表に出たのは、シーズン中の2026年1月。

そしてシーズンを終えた3月29日、NECレッドロケッツ川崎が佐藤選手と和田由紀子選手の海外挑戦を発表します。

移籍先はイタリア1部セリエAのヌミア・ヴェロバレー・ミラノで、同じ日に発表された和田選手の行き先も同じセリエAのUYBAブスト・アルシツィオでした。

そのミラノは、世界最高の得点源と言われるパオラ・エゴヌが在籍している名門クラブ。

NECを離れたことで背番号2も手放し、ミラノで新しく与えられたのが5でした。

佐藤選手は、いま地元で戦うアジア大会の日本代表でも同じ5を着けています。

ただ、24歳にとっては、言葉も食べ物も練習のやり方も日本とまるで違う場所で暮らしはじめる1年目でもあります。

海外のクラブでの戦い方を新しく覚えながら、代表に戻れば日本のやり方へ頭と体を切り替える。

単身での海外です。

その最中に挟まったのが、愛知での地元開催のアジア大会なんです。

石川真佑がいないコート

去年のブラジル戦で主将を務めていたのは、石川真佑(いしかわ・まゆ)選手です。

その石川選手は2026年9月14日にトルコへ旅立っていて、移籍先であるトルコリーグの強豪エジザジュバシュに合流するため、今回のアジア大会のコートにはいません。

昨シーズンまではイタリアのノバラでプレーしていて、そこからさらに上のリーグへ移ったのです。

日本を出る前の会見では、男子の五輪出場を引き合いに「女子も詰めていかないと」と危機感を込めて話していました。

絶対的エースの古賀紗理那は引退し、長く代表を支えてきた井上愛里沙選手や林琴奈選手の名前も、いま登録された12人にはありません。

並びが変わった夏です。

今回チームをまとめているのは、セッターの関菜々巳選手。

2022年の世界選手権から正セッターとして代表を支えてきた27歳が、重圧のかかる初めての主将の腕章を巻いています。

そして攻撃の看板として名前が並ぶのが佐藤選手と和田由紀子選手の2人で、和田選手は今年のネーションズリーグで強打を連発してチーム最多の得点を挙げた選手です。

この2人は、いま大きな期待を込めて「Wエース」と呼ばれています。

去年まで石川選手が引き受けていた「決めきってくれる人」の重い役が、そのまま2人の若い肩へ移ってきたんですよね。

役が移れば、風当たりも一緒に移ります。

ただ、8月のアジア選手権では悔しさに涙を見せる場面があって、かつて日本のエースだった栗原恵が、エースだからこそ苦しいのだと言葉をかけました。

「すごく怖くて」と声を震わせながらレギュラー2年目のプレッシャーの重さを話し、それでも「今年はたくさん勉強になった」と続けています。

それでも9月上旬に代表へ呼ばれた佐藤選手は「自分が引っ張っていかなきゃ」と責任感を口にし、大会が始まる前には「チームの中心になって引っ張っていきたい。アジア大会で優勝します」と言い切りました。

大きなことを自分から言った人ほど、少し調子を落としただけで人一倍厳しく見られるのかもしれませんね。

フェイントに逃げているのか

相手のブロックが完全に手を揃えてコースを塞いで待っている場面なら、無理に打ち抜くより指先で落としたほうが点になるのも確かです。

味方のレシーブが少し乱れれば助走は短くなり、そのまま上がってきたボールの位置によっては、打ち抜く形そのものを作れないのです。

それでも形が崩れても打ち切ることを、日本のエースは求められます。

打ち切れない日には、選手の体のコンディションのほうにも事情があるはずです。

この日の日本は、過密日程のなかで夏3つ目の国際大会を戦っている最中でもありました。

6月から世界を回ったネーションズリーグ、8月には中国の天津でアジア選手権を3位。

国内のリーグ戦からまとまった休みのないまま海外を回って、そのまま地元開催の大会へ入っているのです。

疲れは正直ですね。

選手たちは世界6位にいながら勝ちきれない夏を、この過酷な日程のまま過ごしています。

そのネーションズリーグでは、7月に格上のポーランドへ競り勝って決勝ラウンドまで進みました。

世界の上位とやり合える日と、勝てるはずの相手に苦しむ日が、休養のない同じ夏の中に並んでいるのだと思います。

打ち抜けない事情をいくら並べても、あの1本はもう返ってきません。

日本はそのまま決勝まで勝ち上がり、9月22日に中国へ0対3で敗れて銀メダルでした。

優勝しますと言い切った24歳のとなりに、あの日は誰が立っていたでしょうか。

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