寝る前にスマホをスクロールしていると、ときどき流れてくる画像があります。

左が数年前の写真で、右がいまの写真。

真ん中に矢印が引いてあって、鼻のあたりには小さな丸。

指を止めるかどうか迷っているあいだに、その下へ何百件もの返信がぶら下がっていくのが見えます。

ああいうものを見て、たいていの人はこう思うはずです。

「さすがにこれ、消されるんじゃないの」

ところが、消えません。

それどころか、法律のうえでは「問題にならない」と説明されることのほうが多いのだそうです。

 

芸能事務所が誹謗中傷に法的措置を取ったというニュースも、この夏は続きました。

匿名でも特定される時代になった、という空気は確かにあります。

それなのに、顔についての一行だけが、なぜか生き残る。

今回は、その理由をわかりやすく解説していきたいと思います。

JO1の事務所が送った警告書

2026年8月21日、JO1やINI、ME:Iなどが所属するLAPONE ENTERTAINMENTが、所属アーティストへの権利侵害について対応状況を公表しました。

SNS上の悪質な誹謗中傷と、コンテンツの無断転載。

この2つについて、裁判所から発信者情報の開示が認められたと報告しています。

つまり、書き込んだのが誰なのか、もう分かっている状態です。

特定できた相手には警告書をすでに送っていて、今後は損害賠償請求や被害届の提出も視野に入れているとのこと。

 

この発表でいちばん目を引いたのは、事務所が添えた注意書きのほうでした。

匿名であっても深刻な法的責任を問われる可能性があるとして、度を越えた誹謗中傷、虚偽情報の拡散、そしてディープフェイクの作成や公開が名指しで挙げられていたと報じられています。

ディープフェイクという言葉まで名指しで並ぶあたりに、いまの現場の空気が出ていますね。

顔をいじられるのは、もはや言葉だけの話ではなくなっているわけです。

 

こういう発表を出す事務所は、この1〜2年でずいぶん増えました。

ホロライブを運営するカバー株式会社も、権利侵害への対応状況を定期的に公表しています。

匿名だから何を書いてもいい、という前提が、音を立てて崩れていく。

ここまでは、たぶん多くの人が知っているところだと思います。

誹謗中傷の8割は顔と性格へ

では、その誹謗中傷というのは、実際にはどんな言葉が投げられているのか。

弁護士ドットコムが会員1355人に行った調査があります。

2023年11月22日から12月5日にかけて聞き取ったもので、芸能人や有名人へ誹謗中傷を書き込んだことがあると答えた人に、その中身をたずねたものです。

結果は、83.3%が「容姿や性格、人格に関する悪口」でした。

2番目に多かった「虚偽または真偽不明の情報を流す」は12.5%で、「プライバシー情報の暴露」と「脅迫」はどちらも10.4%だったとのこと。

 

誹謗中傷と聞くと、もっと物騒な言葉を想像しますよね。

死ねとか、消えろとか、そういう類のもの。

ところが実際に投げられているものの中身は、圧倒的に見た目と人柄に偏っていました。

書き込まれた場所はXが52.1%で、匿名掲示板が20.8%。

同じ調査では、厳罰化が必要だと答えた人が67.3%にのぼっています。

もうひとつ、同じ調査から。

誹謗中傷を受けたことがあると答えた人は34.7%でした。

法律相談サイトの会員に聞いた数字なので、世の中の平均そのものではありません。

それでも、これが芸能人だけの話ではないということは、はっきり出ています。

 

ここで正直なところを書いておくと、顔が変わったことに気づいてしまう感覚そのものは、たぶん誰にでもあるものです。

久しぶりに会った同級生を見て、あれ、と思う。

それと同じことが、画面の向こうで起きているだけでして。

ただ、目の前に同級生がいれば、その「あれ」は口から出ないまま終わります。

気づくことと書き込むことの距離が、SNSではものすごく短い。

厳罰化に賛成した67.3%と、実際に書き込んでいる人たちは、そこまできれいに分かれてはいないのでしょう。

整形の指摘だけがすり抜ける

事務所は動いていて、被害の数字も出ています。

それなら、鼻に丸をつけたあの画像も、当然その対象に入るはずです。

ところが、そうはなりません。

 

2026年7月、あるサッカー日本代表の選手について「がっつり整形してる?」という書き込みがSNSで広がったことがありました。

このときニュースサイトが弁護士に取材していて、その答えが、かなりはっきりしていたんです。

名誉毀損としてもプライバシー侵害としても、問題にはならないという解説でした。

 

理由は2つ挙げられています。

1つは、名誉毀損のほうの理屈。

顔が変わったという客観的な事実を根拠にして推測する形になっているので、そうとう悪辣に攻撃する言葉を足さないかぎり、違法だと言うのは難しいのだそうです。

もう1つは、プライバシーのほうの理屈。

整形はもちろん本人だけの私的な事柄ですが、著名人はある程度まで話題の対象になることが受け入れられている立場なので、触れられたことが当たり前に違法になるわけではないという説明でした。

ついでに言うと、「確かに変わったね」と乗っかったり、リポストで広げたりする行為も同じで、元の投稿に違法性がない以上、責任は問われないとのこと。

 

うまいことすり抜けている、という言い方をしたくなります。

でも、すり抜けているというより、もともと網の目が大きいところをまっすぐ通っているだけでして。

整形疑惑の投稿が消えないのは、書いている人が飛び抜けて悪質だからではありません。

いちばん法律が手を出しにくい形で書かれているから、そのまま残るんです。

 

しかも厄介なのは、この形を誰かが発明したわけではない、というところ。

断定せずに「?」をつける。

写真を並べて、判断は読む人にゆだねる。

悪口として言い切らずに、疑問の顔をして置いておく。

おそらく、書いている本人は法律のことなど一秒も考えていません。

それでも結果として、いちばん通りやすいところを通ってしまう。

この書き方が、たまたま法律の網の目と、ぴったり同じ大きさ。

いちばん多く投げられている種類の言葉が、いちばん残りやすい形をしている——ここが、この話でいちばん気持ちの悪いところだと思います。

削除の申し出に14日の期限

とはいえ、この数年で仕組みが何も変わっていないわけではありません。

2025年4月1日、情報流通プラットフォーム対処法という法律が施行されました。

長いので情プラ法と呼ばれています。

もともとプロバイダ責任制限法という名前だったものが、中身を入れ替えて生まれ変わったものだそうです。

公布が2024年5月17日で、施行はその翌年の4月1日でした。

 

何が変わったのか。

いちばん大きいのは、大きなSNSの運営会社に「消してください」の窓口を置く義務ができたことです。

総務省が事業者を名指しで指定していて、X、Meta(FacebookやInstagram)、TikTok、GoogleのYouTube、LINE、ニコニコ、Amebaなどが並んでいます。

そして申し出を受け取ったら、14日以内に、消したのか消していないのかを本人へ通知しなければならないことになりました。

消していない場合は、その理由まで書いて返す決まりです。

どういう場合に消すのかという判断の基準も、作って公表する義務があります。

そして1年に1回、どれだけ消したのか、その理由は何だったのかを報告することも決まりました。

 

放り込んで終わり、だったところに期限がつく。

地味ですが、これは大きい変化だと思います。

自分や家族が言われた側になったとき、少なくとも返事は来る。

 

ただ、ここまで読んでこられた方は、もう気づいていると思います。

期限がついたのは「返事をする」ところまでで、「消す」ところではありません。

基準に照らして違法だと言えないものについては、14日後に「消しませんでした」という理由つきの返事が返ってくる。

そして整形疑惑の投稿は、まさにその違法だと言いにくい側に立っています。

否定しても認めても損になる

言われた側から見ると、この状況はけっこう理不尽です。

消してもらえません。

訴えるのも、そう簡単ではないのだそうです。

となると、残された手は自分の口で否定することくらいになります。

 

ところが、これがうまくいきません。

否定すれば必死に否定していることのほうが記事になります。

認めれば認めたで、それが見出しになる。

黙っていれば黙っていたで、認めたのと同じだと受け取られる。

白紙で出しても、書いて出しても、名前だけ書いても点が入らないテストと同じで、選択肢があるように見えて、実際には一つも選べないということです。

 

この夏、事務所が警告書を送ったというニュースが流れたとき、ネットでは「やっと動いた」という反応がかなりありました。

ただ、そこで止められるのは、はっきり黒だとわかる言葉のほうです。

いちばん数の多い、顔についての一行は、その網にかからないまま残っていく。

警告書は届きません。

削除を申し出ても、返ってくるのは理由つきの「消しませんでした」です。

やっと動いた、の「やっと」が届かない場所が、いちばん人の多い場所でした。

 

顔の変化に気づくというのは、裏を返せば、それだけその人を長く見てきたということでもあるんです。

好きだから覚えている、という部分が確実に混ざっています。

そこは、たぶん悪いことではありません。

ただ、その気づきが一行の文字になって画面に出た瞬間から、それは本人が消すことも否定することもできない置き土産に変わります。

いちばん多く投げられている種類の言葉が、いちばん最後まで残ってしまう。

この順番だけは、どうにも腑に落ちないと感じてしまいます。

次に同じ比較画像が流れてきたら、少しだけ違って見えてくるかもしれませんね。