2026年8月19日の夜、北海道函館市の国道で、乗用車どうしが交差点の真ん中でぶつかりました。

亡くなったのは、対向車線から右折しようとしていた男性です。

函館高専の准教授で、52歳でした。

直進してきた車を運転していたのが、JRAの舟山瑠泉騎手(20)で。

デビュー2年目で今年すでに42勝、1年目から表彰も受けていた、いわゆる若手のホープです。

 

事故から3週間以上が過ぎた9月11日、新しいことが報じられます。

舟山騎手は、この事故の2週間前にも事故を起こしていた——という内容でした。

 

記事に付いたコメントは1000件を超えていて。

その多くが、同じ一点を指しています。

「自損事故の時点で処分していれば、この死亡事故は起きていなかったのではないか」

「2週間のあいだ、誰も運転を止めなかったのか」

 

怒るのは当然だと、私も思っています。

確定していることと、ネット上の憶測が、かなりごちゃ混ぜになっているのです。

 

報じられた中身を、順番に並べていきます。


8月19日の夜に函館で起きたこと

現場は、函館市日乃出町の国道278号です。

津軽海峡に沿って走る幹線道路で、地元では「漁火通り」と呼ばれている道です。

8月19日の午後8時半ごろ、この道を西から東へ直進していた車と、対向車線からT字路を右折しようとした車が衝突しました。

いわゆる右直事故で、交差点でいちばん多い形のひとつです。

 

衝突の衝撃は、凄まじいものだったようで。

現場近くのパチンコ店の店長がNEWSポストセブンの取材に答えていて、舟山騎手の車は衝突したあと歩道に乗り上げて進み、店舗の外壁に当たってようやく止まったと話しています。

前面は大破していて。

車内の舟山騎手は、エアバッグと座席のあいだに挟まれた状態だったそうです。

それでも本人は「大丈夫です」と答えていた、と。

一方で、相手の車を運転していた男性は、その時点で意識がなく、呼吸も不自然だったと。

 

2人とも救急搬送されて、男性は搬送先の病院で死亡が確認されました。

舟山騎手は右足の甲の骨折と左膝関節の損傷で、入院が続いています。

事故の直後に回っていたのは、こうした「騎手が大怪我」という報じ方でした。

 

亡くなった方がいることを知った人の反応は、もっと生々しいものでした。

老婆心、という言葉を選んだ人がいたのが、私には印象に残りました。


亡くなったのは52歳の高専准教授

ニュースを追っていて、いちばん心に引っかかったのは、ここです。

舟山騎手については、年齢も、デビューの時期も、勝ち星も書かれています。

父親が厩務員(きゅうむいん)だったことまで。

亡くなった男性について書かれているのは、函館高専の准教授で52歳、それだけでした。

教え子がいて、同僚がいて、家族がいた人のはずです。

それなのに記事では、まるで物のような「相手の運転手」という扱いになっています。

Xの返信欄で数多く見かけたのは、「遺族を思えば復帰なんてありえない」という短い一言でした。

「命の重さに差があるのか」という不公平感から出ているのだと思います。

 

現場には、いまも花が手向けられているそうです。

函館に住んでいる方の投稿でした。

壁のそばに花が置かれていたので、そこで亡くなった方がいるのだと思っていたら、壁にぶつかったのは助かった側の車だった、と。

 

地元の人でさえ、どちらが亡くなったのかを取り違えるくらい、この事故の説明はずっと足りていません。


2週間前の8月5日にも事故があった

9月11日の報道で初めて出てきたのが、この話でした。

JRAが取材に対して、次のように答えています。

 

「函館市での事故については、現在警察が調査中のため、法令違反があったかも含めてお答えできません。また、本人にヒアリングを行い、8月5日に北海道内の高速道路で、中央分離帯に接触する自損事故を起こしていたことを確認しております」

 

8月5日といえば、函館の事故のちょうど2週間前で。

場所は道内の高速道路、相手のいない自損事故でした。

ここで注意したいのが、同じ8月5日の事故について、JRAの言い方と、競馬関係者の話の温度差が大きいことです。

 

JRAが使ったのは「中央分離帯に接触する自損事故」という言葉でした。

「中央分離帯に、ちょっと擦っただけかな」と思う程度でしょう。

一方でポストセブンの記事に出てくる競馬関係者は、「公道で法定速度を大幅に上回るスピードを出し、自身の車を大破させる事故を起こしていたという話が関係者の間で流れている」と話しています。

「廃車レベルの事故だった」とも囁かれているのです。

 

同じ1件を指しているとみられますが、どちらが実際に近いのかは、いまの時点では誰も確かめられていません。


JRAが知ったのは死亡事故のあとだった

さきほどのJRAの回答を、もう一度そのまま読んでみてください。

 

「本人にヒアリングを行い、8月5日に……自損事故を起こしていたことを確認しております」

 

この言い方には、8月5日の時点でJRAが把握していた、とは書かれていません。

本人に聞き取りをして分かった、という順番でした。

そして、その聞き取りが行われたのは、函館の死亡事故のあとだと読むのが自然です。

つまりJRAは、8月5日の自損事故を、8月19日より前には知らなかった可能性があるということになります。

 

ネットでは「知っていて隠蔽したのでは」と疑う声が目立ちました。

私は、そちらのほうがまだ話が単純だったと思っています。

握りつぶしたのなら、判断した人がいて、その判断を責めれば話は前へ進むはずです。

「知らなかった」で通るなら、怒りの持っていき場がどこにもありません。

ヤフーのコメント欄にも、そこを突いた書き込みがありました。

8月5日に警察が扱った事故なら、警察は当然把握しているはずで、それがJRAや所属の厩舎に伝わらないことがあるのだろうか、という疑問です。

制度の話をすると、自損事故の届け出が勤務先に自動で回る仕組みは、日本にはありません。

免許の点数は本人と公安委員会のあいだで処理されるもので、会社や学校に通知はいかない。

まして騎手は、JRAに雇われている社員ではなく、免許を持った個人事業主。

厩舎に所属してはいますが、勤怠を管理される立場ではないのです。

 

だから「誰も止めなかった」という言い方は、少しだけずれているのかもしれません。

止める役が、はじめから誰にも割り当てられていなかった、というほうが近いように思います。


謝罪文を出したのはJRAではない

事故から8日後の8月27日、文書が1通出ています。

出したのはJRAではなく、舟山騎手が所属する田中博康厩舎でした。

この投稿には4000を超える反応が集まりました。

師匠としての丁寧な文面で、落ち度があるとは思いません。

 

ただ、頭を下げたのが師匠の調教師で、JRAは一度も謝っていないという形は、多くの人の目に残ったはずです。

 

JRAが事故について公に言ったのは、8月20日の「事故の事実関係について、現在調査中」と、9月11日の「お答えできません」の2つだけです。

どちらも、謝罪ではありません。

私生活の運転で起こした事故まで、JRAが面倒を見る決まりにはなっていません。

だから謝る役は、身元を預かっている厩舎のほうへ回ってきます。

 

筋は通っているのに、外から見るといちばん大きい組織だけが何も言わずに済んでいるように見える。

「JRAはいつも流そうとする」と書かれてしまう理由は、たぶんこのあたりにあります。


赤信号と時速100キロはまだ確定していない

事故の翌日から、こういう形の情報が広く回っています。

このポストは、表示が676万を超えています。

赤信号、時速100キロ、2週間前は時速130キロ。

具体的な数字が並ぶと、「それが真実だ」と思い込んでしまいます。

 

ただ、この数字は、いまのところどの報道にも出てきません。

 

ポストセブンの書き方は「法定速度を超える速度のまま交差点に進入したのではないかと囁かれている」で、囁かれている、という段階です。

JRAは「法令違反があったかも含めてお答えできません」と言い、函館中央署は捜査中としか出していません。

信号については、そもそも触れられてもいない。

 

誤解しないでいただきたいのですが、これは「だからデマだ」という話ではありません。

警察がまだ何も言っていない、という一点だけを指しています。

 

同じ数字を引いたうえで、擁護する側に怒っている投稿もありました。

未確認の数字であっても、それを信じて怒っている人が大勢います。

それも、いまの事実のひとつです。

 

それに、怒っている人が数字に頼る必要は、そもそもないのだろうと思います。

2週間のあいだに事故が2件あって、1件目はJRA自身が認めている。

それだけで、言いたいことは十分に立つはずです。


亡くなった52歳のほうが過失は重くなる

速度がここまで論点になるのには、理由があります。

 

右直事故、つまり直進車と右折車がぶつかった場合、責任は基本的に右折した側が重く見られます。

交差点で曲がる車のほうが、前をよく見る義務が重いという考え方です。

 

今回でいえば、過失が重いのは亡くなった52歳の男性のほう、というところから話が始まります。

亡くなった方が、計算のうえでは分が悪い側になってしまうのです。

ご遺族にとっては、受け入れようのない話だと思います。

 

その配分をひっくり返す材料が、直進車の速度で。

直進車が暴走していたなら、右折側の過失割合はグッと下がっていくのです。

 

罪の重さも同じところで決まります。

過失運転致死罪でとどまるのか、危険運転致死罪まで問われるのか。

事故の直後には、現場を撮った映像がニュースで流れていました。

ぶつかった車が歩道を越えて建物の壁まで達している以上、止まりきれない速さだったことは、その映像を見た人にはもう分かっているのだと思います。

あとは、正式な数字が出るのを待っている段階でしょう。


8月20日を最後に続報が止まっている

この件の流れを日付で並べると、空白のほうが目立ちます。

 

8月19日に事故、20日に各社が第一報、27日に厩舎の謝罪文。

そこから9月11日の報道まで、2週間以上なにも出ていません。

 

警察の発表もないままです。

そもそも、なぜ逮捕されていないのか。

「なぜ野放しにされているの?」と疑問に思う声も、たくさん見かけました。

 

人が亡くなった交通事故でも、運転していた人がその場で逮捕されないことは、実はめずらしくありません。

逃げるおそれや証拠を隠すおそれが小さいと判断されれば、身柄を取らずに在宅で捜査を進めるのが通常の運用です。

 

今回は本人も、骨折で入院しました。

速度の解析、ドライブレコーダーや防犯カメラの確認、実況見分と、時間のかかる作業が並ぶ事案でもあります。

 

ただ、それは「なぜ何も説明がないのか」の答えにはなっていません。

捜査に時間がかかることと、経過を誰も知らされないことは、別の話だからです。


競馬学校が緩くなったという声について

ヤフーのコメント欄でいちばん共感を集めていたのは、処分の話ではありませんでした。

4000を超える反応が付いていたのは、競馬学校の教育が緩くなったのではないかという書き込みです。

 

ベテランの騎手は競馬学校を「あそこには戻りたくない」と振り返るのに、最近の若手は「楽しかった」と話している。

そこに違和感がある、という内容でした。

この数年、若手の騎手をめぐる話が続いているのも確かです。

今年3月にも、デビュー3年目の騎手が「重大な非行」を理由に1年間の騎乗停止となり、8月にそのまま引退しました。

その中身は、当時10代だったことを理由に、いまも明かされていません。

 

この件は橋木太希の重大な非行って何?JRAが中身を明かさない理由に書いています。

 

若者のモラル低下で片付けてしまうと、本質を見失うことになるのです。

 

騎手になる人の多くは、中学を出てすぐ競馬学校へ入ります。

そこで3年。

18歳や19歳で勝ち星が付きはじめ、20歳で同年代の何倍も稼ぐようになるのです。

 

そのとき周りにいるのは、厩舎の人と、競馬場の人。

一般の会社なら当たり前にいる上司や人事にあたる人が、この世界にはいません。

 

8月5日に自損事故を起こしたあと、誰も運転を止めなかった。

その話と、ここはたぶんつながっています。


人が亡くなった2015年の騎乗停止は5ヶ月だった

では、こういう事故を起こした騎手は、これまでどれくらい乗れずにいたのか。

元リーディング騎手の瀧川寿希也さんが、8月26日にその一覧を出していました。

JRAの騎手が運転で起こした事故と、そのときの処分が4件並んでいます。

 

このうち今回といちばん近いのが、2015年の大江原圭騎手の件です。

当時の報道に当たり直すと、こういう経過でした。

  • 2015年2月3日、茨城県稲敷市の県道で、自転車に乗っていた71歳の男性をはねる
  • その場で逮捕。男性が亡くなり、容疑は過失運転致死へ切り替わった
  • 6月11日、龍ケ崎簡易裁判所で罰金刑
  • 騎乗停止は2月4日から7月3日までの5ヶ月

 

この4件には、気になるところが2つあります。

 

ひとつめが、長さのほうです。

人が亡くなった2015年が5ヶ月で、物損だけだった2024年の松若騎手が6ヶ月。

亡くなった人がいる件のほうが、1ヶ月だけ短いのです。

酒気帯びや無免許のように、本人がはっきり選んだ違反のほうが重く出ている、という並びになります。

 

ふたつめが、日付です。

2015年の騎乗停止は、逮捕の翌日から始まっていました。

罰金刑が決まったのは6月11日ですから、裁判所の結論を待たずに乗せるのをやめていたことになります。

 

今回はどうか。

8月19日の事故から、もう3週間以上が過ぎました。

もっとも舟山騎手は骨折で入院中ですから、そもそも乗れる状態ではありません。

止めるまでもない、という説明はできます。

 

それでも2015年に出ていたのは、「乗せない」と決めた事実そのものでした。

今回それに当たるものは、いまのところ何も出ていません。

 

4件でいちばん短いのが4ヶ月、長いのが6ヶ月。

この幅を長いと見るか短いと見るかは、人によって分かれるはずです。

ただ、どの長さであっても、明ければまた鞍に戻れます。


処分が決まるのは警察の捜査のあと

JRAは処分について「現時点でお答えすることは控えさせて頂きます」としています。

 

順番としては、警察の捜査が終わり、検察の判断が出て、そのあとにJRAの裁定。

そういう流れになるのが通例です。

2024年の松若騎手も、検挙されてから騎乗停止が決まりました。

 

つまり、いま処分が出ていないのは、決めないのではなく、決める順番がまだ回ってきていないということになります。

「結局、言い訳じゃないか」と感じている側には、納得できない話です。

 

公営競技は、公のお金と人の生活を、長く預かってきました。

民間企業なら許されないような「調査中」の3週間に、私は引っかかります。

 

競馬の記事を開くと、舟山騎手の成績と、これからの騎手生命の話が先に出てきます。

けれど、あの交差点でいちばん取り返しがつかなくなったのは、右折しようとしていた52歳の人のほうです。

 

ハンドルを握る前に一度立ち止まる機会が、あの14日間のどこかにあったのかどうか。

そこは、これから調べられていくはずです。

 

亡くなられた男性のご冥福を、心からお祈りいたします。