日曜の夜9時。

洗い物をようやく終えて、ソファに座れた時間です。

画面の中では、今週も乃木憂助が走っていました。

ところが終わりの数分で、いちばん信じていたはずの野崎守が、向こう側に立っていたんです。

ここまでは、よくできたドラマの話。

ただ、その夜の感想をたどっていくと、まったく別の話が混ざってきます。

阿部寛は昔いじめっ子だったらしい、といううわさ。

役の裏切りと、本人の過去。

この2つが同じ週に並んでいるのは、なかなか妙な光景です。

いじめの話は本当なのか、どこから出てきたのか、そして阿部寛本人はいまどう感じているのか。

順番にわかりやすく解説していきたいと思います。


野崎が犯人になった8月9日の夜

まずは、ドラマのほうから。

日曜劇場『VIVANT』の第2シーズンが始まったのは、2026年7月26日でした。

第1シーズンから3年ぶりの続編で、日曜の夜9時という枠もそのままです。

問題の回は、そこから3話目にあたる第13話。

放送日は8月9日でした。

この回で、野崎守が、拉致の犯人だったことが明かされます。

阿部寛が第1シーズンから演じている、警視庁公安部のあの野崎です。

乃木のそばにいて、ときどき怒鳴って、それでも最後には味方でいてくれた人。

 

この場面について、阿部寛本人があとから振り返っています。

「野崎が実は13話で(拉致の)犯人だったという。その時の堺さんの泣く演技がすごいなと思って」とのこと。

乃木を演じる堺雅人が泣くところを、演じている側も見ていたわけです。

ネットの反応も、その夜のうちにあふれました。

もう一つ裏があるはずだ、というこの読みは、結果として当たっています。

答えが出たのは、8月23日に放送された第15話。

野崎の裏切りは、潜入任務でした。

つまり視聴者は、2週間だけ野崎を疑う時間を過ごしたことになります。

日曜劇場でいちばん安心して見ていられた人が、いちばん怪しい人になった2週間。

その2週間に、まったく別の話が混ざり込みました。


いじめっ子だったのは本当なのか

役の話と本人の話は別でしょう、と割り切れる人ばかりではありません。

というのも、阿部寛については前から言われ続けていることがあるからです。

昔、いじめっ子だったという話。

この一文だけが、出どころのわからないまま何年も回っています。

こういう声を見て、もやっとしたまま検索してしまう気持ちは、責められるものではありません。

好きだった俳優のことなら、なおさら確かめたくなります。

 

先に結論から。

いじめていた時期があったという話は、本当です。

ただ、出どころが少し変わっています。

週刊誌のスクープでも、同級生の告発でもありません。

1998年に阿部寛が出したエッセイ『アベちゃんの悲劇』に、本人が書いています。

集英社から出た本です。

そこにはこう書かれているとされています。

「一時期本当に卑怯ないじめっこだったね、僕は。何だかんだ理由を付けて必ずいじめるターゲットを見つけてたから」

学生時代に同級生をいじめていた時期があったと、自分で振り返っている一節です。

 

ネットで回っている引用には、教室の入り口に立って自分たちを迎えるよう脅した、という具体的な一文が付いていることもあります。

ただそこまで原文どおりかは確かめきれませんでしたので、この記事では確認できた範囲だけにとどめました。

それでも、卑怯ないじめっ子だった、という自己申告そのものは動きません。

うわさが独り歩きしているのではなく、本の中に活字で残っている話です。


暴かれたのではなく自分で書いた

ここが、この話のいちばん変わっているところ。

阿部寛のいじめには、告発した人がいません。

被害を受けた同級生が名乗り出たわけでもなく、事務所が火消しに走った形跡もなく。

本人が、自分の本に、自分の言葉で書いたんです。

1998年。

いまから28年前のこと。

この驚き方は、けっこう本質を突いています。

いじめた側には自覚がない、というのが世間の相場ですから。

 

そのうえで、引っかかることがあります。

この話がネットに流れるのは、今回が初めてではありません。

2021年にも、2025年にも、2026年の年明けにも、同じ引用がXを回っていました。

そしてそのたびに、初めて聞いた顔で書き込まれます。

知ってショックだった、嫌いになった、と。

 

つまりこれは、隠していた過去が誰かに掘り出された話ではありません。

28年前の告白が、出典を落として新品の疑惑に化け続けています。

本を読んだ人が広めているのではなく、引用の引用が回っていく。

だから毎回、初めて見つかったように見える。

中学で書いた反省文が、卒業してからも数年おきに校門へ貼り出されるのと同じで、貼り出す人はいつも別の人で、貼られる側だけがずっと同じ、というわけです。

 

ここで念のため書いておきます。

自分で書いたのだから軽い、という話ではありません。

いじめられた側にとって、28年は古くなる時間ではないからです。

むしろ本を書いて売れた側と、書かれた出来事を受けた側とでは、この28年の長さがまったく違って流れているはず。

告白したことと、許されることは別のこと。

そこは混ぜないでおきたいところです。


10年後にいじめの映画へ出た人

その本が出てから10年後の話をします。

2008年、阿部寛は『青い鳥』という映画に主演しました。

原作は重松清。

いじめで生徒が転校していったクラスに、臨時教師の村内がやってくる話です。

村内が最初に命じたのは、いなくなった生徒の机を教室へ戻すことでした。

そして毎朝、誰も座っていない机に向かって声をかけ続ける。

公開当時のインタビューで、阿部寛はいじめについてこう話しています。

「そうやって自分たちが生きやすいように相手の居場所をなくしていくというのはとても残酷なことだと思う」

居場所をなくす、という言い方が、この人の場合は重たく響きます。

10年前に、自分がやったと書いていることだからです。

 

同じインタビューでは、自分の中学時代についても触れていました。

「僕は当時ちょっとグレかけたことがあったんです。そのときに先生が『どうしたんだ?』って本気で心配してくれて。顔を真っ赤にして泣いて」

担任は、教師になって2、3年目の男性だったとのこと。

グレかけた生徒のために泣いた先生がいて、その生徒はのちに、いじめの起きた教室に立つ教師を演じた。

 

だから許してあげてください、と書くつもりはありません。

そこを決めるのは、記事を書く側ではないからです。

ただ、卑怯ないじめっ子だったと書いた人と、居場所をなくすのは残酷だと語った人が、同じ人だという点は動きません。

この10年のあいだに、この人の中で何かが動いたのだけは確かなのだと思います。


阿部寛が受けた今までと違う視線

ここで、話をVIVANTへ戻しましょう。

8月26日に公開された独自インタビューで、阿部寛は13話のあとの日々をこう振り返りました。

「それから街を歩けない状態だった。だけど、すごい楽しかったんだよね、その1週間くらい。人の見る目が、今までの僕を見る目と違う緊張の仕方をしていて」

 

ここ、読み飛ばすには惜しい言い方です。

嫌われた、とは一言も言っていません。

言っているのは、違う緊張の仕方。

にらまれたのでも避けられたのでもなく、この人はどっちなんだという目で見られていた、ということです。

悪役俳優が街で怒られるという昔ながらの話とは、種類が違います。

あれは憎まれる話で、こちらは疑われる話。

 

東条を演じた濱田岳のほうは、もっとはっきり言っていました。

「日本中の人々から疑われて生活をするというのが初めてだったので、それが終わってちょっと安心しました。ずっと疑惑の目を向けられながら生活をしているような気がしてきて。みんなから聞かれるし」

そしてインタビューの最後は、この言葉で締めくくられています。

「やっと、堂々とお話できるようになってよかったです」

答えを知っているのに言えない期間があった、ということです。

疑いながらも、どこかで信じていたい。

視聴者のほうも、なかなか複雑な2週間を過ごしていたのだと思います。

 

ちなみに阿部寛は、海外ロケの過ごし方についてもこう語っていました。

「ホテル近辺の街、なんでもないところを歩いて、表通りのキレイなところじゃなくても、ちょっと裏に入っていくと、生活が見えるんですよ」

待ち時間に散歩をして、その街の暮らしを眺めるのが好きな人。

歩くのがいちばん好きな人が、日本では歩けなくなっていたわけです。


役の裏切りと本人の過去が重なる夜

ここまで来ると、この夏に起きていた2つの疑いが、まったく違う形をしているのが見えてきます。

野崎への疑いは、8月9日に始まって8月23日に終わりました。

放送でネタが割れて、それでおしまい。

疑われていた俳優は、その日から堂々と話せるようになりました。

阿部寛が、すごい楽しかった、と言えたのも、たぶんそこでしょう。

終わりの日が決まっている疑いは、楽しむことができます。

 

もう一方の疑いには、その日がありません。

1998年の本に書いた一節は、何年かおきに掘り出されて、そのたびに最初からやり直しになります。

晴れることもなく、確定することもなく。

ずっと保留のまま、検索されるたびに現在形で読み直されていく。

 

阿部寛は、インタビューをこう結んでいました。

「まだまだいろんなことがありますから、そこは油断しないで見ていただきたい」

野崎の話です。

ただ、この夏の2週間を見たあとだと、別のことを言われている気もしてきます。

 

ただ、野崎の潜入がどこへ着地するのかは、まだ誰にも分かりません。

疑いが晴れる日が最初から決まっているというのは、たぶんドラマだけが持っている優しさです。

日曜の夜9時、また同じソファで、野崎の答え合わせを共に見届けたいところですね。