ある日ふいに、家族の一人と連絡が取れなくなりました。

数日たって、何ごともなかったような顔で帰ってきます。

一度きりなら、事故や事件をまず疑いますよね。

ところが、これが二度、三度と続く人がいます。

そういう人のことを、いつのころからか「失踪癖がある」と言うようになりました。

 

警察に行方不明者届が出された人は、2024年の1年間だけで8万2563人にのぼるそうです。

ただ、いなくなる理由も、いなくなり方も、本当に人それぞれ。

今回は、失踪癖と呼ばれる状態がどういうものなのか、なぜ繰り返してしまうのか、そして身近な人がいなくなったときに家族にできることを、わかりやすく解説していきたいと思います。


失踪癖という病名は存在しない

まず、いちばん誤解されているところから。

「失踪癖」は日常でよく使う言葉ですが、医学の診断名ではありません。

精神科の診断基準をめくっても、この名前の病気は載っていないんです。

 

近い状態を指す言葉なら、あります。

「解離性遁走(かいりせいとんそう)」と呼ばれるものです。

家や職場から突然いなくなり、そのあいだ「自分が誰なのか」の記憶が抜け落ちてしまう状態で、DSM-5という国際的な診断基準では、解離性健忘という記憶の障害の一つに位置づけられているとのこと。

期間は数時間で終わることもあれば、数か月におよぶこともあるそうです。

行った先で、まったく別の人として生活していたという報告もあります。

この言葉を教科書どおりに説明したあと、最後の一行だけ自分の本音で閉じた投稿がありました。

「たまには遁走したくなるね」の一行に、うなずいた人はけっこう多いはずです。

 

ただ、ここが大事なところで、繰り返しいなくなる人の全員がこの状態に当てはまるわけではありません。

記憶ははっきり残っていて、どこへ行ったかも自分で分かっているのに。

それでも足が家に向かない、という人のほうがむしろ多いんです。

つまり「失踪癖」という一語には、医学が説明できる領域と、暮らし方の癖の領域が混ざっていることになります。

この2つを分けないまま話すから、家族の会話はいつもかみ合いません。


一度目と二度目のあいだに起きること

では、なぜ繰り返してしまうのか。

「失踪癖」と聞くと、多くの人は「逃げ癖」を思い浮かべます。

面倒なことから逃げる人、責任を放り出す人、という像です。

 

ただ、繰り返す人の話を並べていくと、少し違う形が見えてきます。

これは逃げ癖の話ではなく、一度だけうまくいってしまった対処法が、そのまま残り続けている話なんです。

一度目にいなくなったとき、まわりに何が起きたかを思い出してみてください。

家族は血相を変えて探し、心当たりに連絡を取り、無事を確かめました。

そして本人が戻ってきたとき、言い争っていた話も、迫られていた決断も、いったん全部止まっていたはずです。

叱られはしたけれど、押し寄せていたものは確かに一度引いていきました。

この感覚を、たった一行で言い当てた投稿が、8月の終わりに大きく広がっています。

擬似失踪。

行き先も帰る日も決まっている旅行ですら、少しだけその味がするという話でして、9700件を超えるいいねが付いていました。

 

頭痛のときに効いた薬の記憶は、なかなか消えません。

原因が治ったわけではないのに、「あれを飲めば楽になる」という一点だけが体に残ります。

消えることで問題が一時停止した経験も、同じ形で残るわけです。

だから二度目は一度目より早く、三度目はもっと早くなります。

回を追うごとに、いなくなるまでの助走が短くなっていく。

意志が弱いからではなく、通り慣れた道ができてしまったから、と考えたほうが説明がつきます。


行方不明者8万人でいちばん多い理由

ここまでは、消える人の内側の話でした。

今度は外から、数で眺めてみましょう。

頼りになるのは、警察庁が毎年出している「令和6年における行方不明者届受理等の状況」です。

2024年に届け出があった行方不明者は、8万2563人。

前の年より7581人減りました。

それでも1日あたり226人が「いなくなりました」と届けられている計算になります。

 

ここからが意外なところで、いちばん多いのは中高年ではありません。

最多は10歳代の1万6645人、次いで20歳代の1万5053人。

この2つの年代だけで、全体のおよそ4割を占めています。

面白いのは、その先です。

年代ごとに、理由がきれいに分かれていました。

  • 10歳代の最多は「家庭関係」5580人(33.5%)
  • 20歳代の最多は「事業・職業関係」3099人(20.6%)
  • 60歳代以上の最多は「認知症またはその疑い」

10代は家から、20代は仕事から、そして年を重ねると、家そのものへ帰れなくなる。

その年代の人が、いちばん逃げ場のない場所から消えているということです。

前の章の話と、ここできれいにつながります。

消えることが効いてしまうのは、逃げ道が一本も見えない場所に立たされたときでして。

10代の家庭も、20代の職場も、そこは同じでした。

 

全体でいちばん多い原因は、疾病関係の2万3663人(28.7%)。

そのうち認知症またはその疑いが1万8121人で、行方不明者のおよそ5人に1人にあたります。

家庭関係の1万2466人、事業・職業関係の6722人が、そのあとに続きました。

この2万人近い数字が、家の中ではどう見えているのか。

介護をしている人の投稿のほうが、よほど伝わってきます。

「未遂は何度もある」という一行は、統計のどこにも出てきません。

 

そして、家族にいちばん知っておいてほしいのが時間の話です。

同じ資料では、届け出を受理したその日に見つかった人が3万4116人、2〜3日で1万8675人とのこと。

探し始めてすぐに見つかる人が、圧倒的に多いことになります。

ただ、その裏側には、亡くなって見つかった方が3930人という数字も並んでいました。

認知症の方に絞ると、亡くなって確認された549人のうち、およそ6割が1週間以内です。

見つかるのが早い一方で、間に合わなくなるのも早い。

 

ここで、家族が知っておくと役に立つ区別をひとつ。

警察は届け出を受けたとき、まず2つに振り分けます。

事件や事故に巻き込まれたおそれのある人は、「特異行方不明者」として積極的に探す扱いです。

それ以外は「一般行方不明者」となり、届け出を受理したうえで情報を集める形。

「うちの人はどうせまた戻ってくるから」と届けを出さないでいると、この最初の分かれ道にすら立てません。

ですが、届け出は二度目でも三度目でも受け付けてもらえます。

出したからといって、家族が責められることもありません。

繰り返している人ほど、次の一度がこれまでと同じとは限らないんです。


物語が失踪する人を描きたがる理由

少し目線を変えて、フィクションの側も見てみましょう。

失踪する人は、物語のなかにもやたらと出てきます。

いまTBS系の金曜ドラマで放送されている『Tシャツが乾くまで』も、突然いなくなった人を軸に話が進んでいるそうです。

ネットの感想をのぞくと、この設定への反応がなかなか手厳しい。

大風呂敷を広げて、回収できなかった。

手厳しい言い方ですが、この一言には、失踪という出来事の性質がそのまま出ています。

 

物語が失踪を選びたがるのは、話を開けるのがとても簡単だからです。

人が一人いなくなるだけで、残された全員の関係が動き出します。

すぐ探しに行く人、動かない人、探せなかった理由。

登場人物の本音が、勝手に表へ出てくる。

失踪は、物語にとって缶切りのような装置でして、開けるだけなら一行で足ります。

 

ところが、閉じるほうは異常に難しい。

視聴者が納得する「消えた理由」を、最後に用意しなければいけないからです。

その理由を具体的にすればするほど、「それなら話し合えばよかったのでは」と言われてしまいます。

かといって曖昧にすれば、投げっぱなしだと言われる。

脚本家は、たいていここで詰みます。

 

ただ、これは書き手の腕だけの問題ではなさそうです。

ここまで見てきたとおり、現実の失踪にも、他人が納得できる理由はほとんど付いていません。

本人ですら説明できないものを、1クールで説明しきれというほうが無理な相談。

物語の失踪が回収されないのは、失踪がもともと回収されにくい出来事だから、とも言えます。

 

そう考えると、帰ってきたあとに家族が味わう、あの居心地の悪さの正体も見えてくるはずです。

本人は戻ったのに、話のほうは何ひとつ終わっていないまま。

最終回の来ないドラマを、現実で見せられているようなものでした。


帰ってきた人に最初にかける言葉

そして、いちばん難しいのが帰ってきたあとです。

心配で眠れない夜が続いたぶん、顔を見た瞬間に出てくるのは「なんで?」の一言ですよね。

当然の言葉だと思います。

ただ、この「なんで?」は、本人がいちばん答えられない問いでもあります。

 

繰り返す人ほど、自分でも理由をうまく言葉にできないことが多いようです。

気づいたら電車に乗っていた、行き先は決めていなかった、という話も出てきます。

答えられない問いを何度も向けられると、人は黙るしかありません。

そして次にいなくなるときは、もっと遠くへ、もっと何も言わずに出ていくようになります。

問い詰めるほど、次の失踪が見えにくくなっていく。

 

だとすると、帰ってきた人にかける言葉は、短いほうがよさそうです。

「おかえり」と「ごはん食べた?」で、いったん止めておくくらいで十分。

理由を聞くのは、本人の呼吸が戻ってからでも遅くありません。

 

それから、忘れられがちなのが残された側です。

する側とされる側では、同じ出来事でも心に残るものがまるで違います。

その落差をまっすぐ書いた投稿に、4000近い反応が集まっていました。

した側は「戻ってきた」で終わりますが、された側の時間はそこで止まったまま。

探し回った人の消耗は、相手が帰ってきた瞬間にゼロへ戻るわけではありません。

眠れない、仕事が手につかない、また同じことが起きるのではと身構えてしまう。

その状態が続くようなら、家族の側が先に相談してかまいません。

こころの健康相談統一ダイヤル(0570-064-556)は、本人でなく家族からの相談も受け付けています。

専門家ではないので、気になることがあるときは早めに医療機関へ相談してみてくださいね。

 

ただ、いなくなる人のすべてに、病気があるわけではありません。

それでも、消えた側にだけ理由を探しにいくと、たいてい行き止まりになります。

大事なのは、なぜ消えたのかよりも、帰ってきたときに何が待っているか、なのかもしれませんね。