2026年9月16日、習近平(しゅう・きんぺい)が脳梗塞で倒れたと書く人が、日本語のXにも次々と現れました。

12日から13日にインドで開かれたBRICS首脳会議のさなかに意識を失い、そのまま北京の病院で手術を受けた、という話です。

ただ、この話には引っかかるところがあって。

出どころが、亡命中の政治家がXに書いた文章1本しかないのです。

とはいえ、同じ会議に出ていた南アフリカの大統領も、帰国後に体調不良で公務をすべて止めたと発表しています。

あの会議に出た首脳のひとりが実際に体調を崩しているので、「ぜんぶデマでしょ」とも言い切れません。

17日の夜になっても、中国の政府からは、倒れたとも倒れていないとも出てきていないんですよね。

もし本当だったとき、次の国家主席は誰になって、台湾はどうなるのか。


噂は亡命中の政治家ひとりから出ている

書いたのは謝万軍(しゃ・ばんぐん)という中国民主党の主席を名乗る人物で、帰国から3日たった16日の最初の投稿では、習近平が会議の場で失神し、随行の医療チームが応急処置をしたあと、予定を早めて専用機で帰ったとされています。

北京の空港には出迎えの高官も歓迎式典もなく、軍用ヘリでそのまま301医院へ直行した、と続きました。

301医院は人民解放軍の総合病院で、毛沢東をはじめ歴代の最高指導者が運ばれてきたところです。

 

その次の投稿は、さらに踏み込んだ内容。

手術は終えたがまだ生命の危険を脱していない、と書かれています。

さらに、中国の各戦区と各集団軍が四級戦備の態勢に入り、司令部で会議を重ねている、とも。

ただ、この人が出した材料は最後まで文章だけで、診断書も、緊迫した病院の写真も、一枚も付いていません。

本人も「据传(伝えられるところによると)」という伝聞の書き出しを使っていて、自分で確かめたとは書いていないのです。


四級戦備は4段階でいちばん低い等級

この噂がいちばん怖く読まれたのは、軍が動き出したという部分でしょう。

中国人民解放軍の戦備等級は一級から四級まであり、一級がもっとも高くて、戦争が目の前に迫っている状態を指します。

つまり四級は、いちばん下の「ほぼ平時」のレベル。

そもそも平時は等級そのものを宣言しないので、四級に入ったという話が本当だったとしても、ふだんとほとんど変わらない段階ということになります。

ところが日本語に訳されて回っている文章では、ここが「内戦の準備に入った」という意味で受け取られました。

警戒レベルの目盛りは、上下が逆さまのまま伝わっています。

 

それに、この噂が流れていたのと同じ週、北京では香山フォーラムが開かれていました。

9月15日から17日まで、各国の国防当局や軍の関係者を招いて安全保障を話し合う会議で、16日には董軍(とう・ぐん)国防相が壇上に立って演説しています。

軍が緊急の態勢に入っている国が、同じ週に各国の軍人を首都へ呼び集めて並べてみせる。

ちょっと考えにくい絵ではあります。


公式の記録に残っている12日と13日

中国外務省の記録に残っている12日と13日は、噂とはまるで違うものでした。

習近平は9月12日にインドのモディ首相と正面から向き合って会談し、翌13日には首脳会議の2日目のセッションにも出て、そこでモディへ謝意を述べる声明まで出しています。

そして13日の正午にニューデリーを予定どおり発ち、インド側の関係者が見送ったとのこと。

とても「脳梗塞で緊急搬送された人」の日程には見えません。

とはいえ、何も無いところから出てきた話でもないんです。

会議の映像には、モディが自分の演説をいったん止めて、離れた席の習近平へ「大丈夫?」と声をかける場面が残っています。

周りの人たちがそのあとサポートに集まり、本人はハンカチを手に持って、大丈夫だという様子で応じている。

12日の夜には、モディが開いた晩餐会を習近平が欠席しています。

その理由も、映像が12日のものか13日のものかも、どこにも書かれていません。

そして17日になると、今度はこの場面に別の説明が付きました。

習近平のイヤホンに同時通訳の音が入っておらず、それでスタッフを呼んだだけ。

インドのメディアがそう伝えた、とされています。

ところが、こちらも出どころをたどると中国語のXの投稿に行き着きました。

当日にあの場面を報じたインドのフリープレスジャーナル紙には、何が習近平の不調を招いたのかはすぐには分からなかった、とあります。

それに、イヤホンの話だとしても、モディが自分の演説を止めた理由までは埋まりません。

噂を否定する側の材料も、また誰かの投稿1本から回ってきたわけですね。

ただ、切り取られた映像だけでは、本当に脳梗塞だったのかというところまでは分かりません。


国営メディアに出たのは指示だけ

では、噂が広がった翌日の中国はどうだったのか。

習近平の名前そのものは、ちゃんと国営メディアに出ています。

9月17日、新華社が「習近平が先進製造業の発展について重要指示を出した」という記事を配信しました。

北京で開かれた全国先進製造業大会で、その指示が読み上げられた、という内容です。

 

ただ、その大会の壇上に立って演説したのは李強(り・きょう)首相で、習近平は文章だけで登場しました。

しかも配信された記事の書き出しは「近日」、つまり「このところ」というぼかした言い方です。

いつ出した指示なのかまでは、どこにも書いてありません。

名前は動いているのに、本人の姿はまだ一度も出てきていないんです。

デマだったらしいという声は増えましたが、まだ本人を見ていないという引っかかりは消えていません。


南アのラマポーザ大統領も公務を止めている

体調を崩したと言われている首脳はもうひとりいて、同じ首脳会議に出席していた南アフリカのラマポーザ大統領は、帰国後に体調不良を理由として公の予定をすべて取りやめました。

国連総会へも大統領の代わりに外相が向かうことになっていて、こちらは大統領府が自分の口で発表した、確認の取れている話です。

同じ会議のあとで2人の首脳の体調が並んで取り沙汰されたので、SNSには「単に現地の食事や水にあたっただけじゃないの?」という声も出てきました。

片方は公式に南アフリカ政府が体調不良を認め、片方は亡命中の政治家がひとりで書いた投稿しかない。

デマだと断じるにも、本当だと決めるにも、いまはこの差しか手元にありません。


2020年にも脳の病気の噂が流れていた

じつは習近平が倒れたという話は、これまでにも何度か流れてきました。

2020年12月には、深刻な脳血管の病気で手術を受けた、あるいは受ける予定だという主張が同じように広がり、2024年の夏には、すい臓がんや肝硬変といった具体的な病名まで付いた話が世界中を飛び交っています。

2025年に入ってからは健康不安説にクーデター説まで重なり、「いよいよ失脚か」という話が何度もささやかれました。

「またこの季節が来たか」とため息が出るほど、ほとんど毎年のことです。

これらの噂はいつも同じところから立ち上がるもので、本人が公の場に出てこない期間ができると、その空白を埋めるように誰かが書きはじめます。

2024年の夏のときも、北戴河会議のあたりで3週間ほど姿が見えない時期がありましたね。

今月に入ってからも、ファーウェイの創業者一家が国外へ逃げたという件が、社内のやり取りだとされる画像1枚だけで広まりました。

あのときも、中国側は「事実無根」という否定の言葉すら出していません。

毎回おなじ顔をして噂がやってくるだけで、本人の体のことは、これまで一度も分かったためしがないのです。


9月24日の訪米が次の目印になる

では今回はいつはっきりするのかというと、その日付はもう決まっています。

習近平は9月24日にホワイトハウスでトランプ大統領と会談する予定で、これは2026年5月にトランプ大統領が北京を訪れたとき、晩さん会の席で自分から明かしたものです。

アメリカの報道では、国連総会には寄らず、そのままワシントンへ入る日程とされています。

噂が本当なら、この予定がまず消えるはずですよね。

ところが16日になっても17日になっても、止まる気配は出てきません。

アメリカや香港の報道では、同行する企業の幹部がビザを待っている、BYDやシャオミが候補に挙がっている、といった準備の話が噂と並んで流れ続けています。

ただ、この会談には体調とは別の理由で流れる目があって。

中国はこの会談の前に、台湾へ新しく武器を売らないようアメリカへ求めていて、アメリカが売却を承認すれば訪米を見送る、と伝えたと報じられています。

それが9月12日、噂が流れるより前の話でした。

来なかったとしても、それが体のせいだとは限りません。


憲法では副主席の韓正が継ぐことになる

では、もし本当だったとき次に座るのは誰なのかというと、中国の憲法には、国家主席が任期の途中で欠けた場合は国家副主席がその地位を継ぐ、という規定があります。

いまその椅子に座っているのは韓正(かん・せい)という2023年3月に就任した人物なので、条文どおりに読むなら次の国家主席は韓正ということになるはずです。

ところが、この答えはほとんど意味を持ちません。

韓正は最高指導部である政治局常務委員会をすでに退いた人。

国家副主席という椅子そのものが、いまは引退へ向かう花道になっていて、前任の王岐山も、いまの韓正も、実権を持たない名誉職でした。

 

習近平自身も、かつては国家副主席から国家主席へ上がった人ですが、あのときの副主席は、次の最高指導者として何年も前から準備された椅子だったのです。

同じ名前の椅子でも、座る意味がすっかり入れ替わっているわけですね。

つまり、憲法には答えが書いてあるのに、実際の「次」はどこにも用意されていません。


軍のトップの席がこの2年で空になった

国家主席という肩書きだけでは、中国のトップの重さは測れないのです。

トップの肩書きは、共産党の総書記、軍の中央軍事委員会主席、国の代表である国家主席。

習近平はこれを同時に持っていますが、外へ向けた顔として使われる国家主席がいちばん儀礼的な肩書きになります。

鄧小平は形式的な国家の看板を持たず、実権を握る軍だけで足りました。

中央軍事委員会主席という肩書きひとつのまま、最高実力者でいられたわけです。

ここにある「内戦準備」は、さきほどの四級戦備の読み違いから来ています。

ただ、軍を見るべきだという勘は当たっていました。

その軍のトップの席が、この2年あまりでほとんど空になっているからです。

2023年10月に李尚福(り・しょうふく)、2024年11月に苗華(びょう・か)、2025年10月には副主席の何衛東(か・えいとう)が外されています。

そして2026年1月には、もう一人の副主席だった張又侠(ちょう・ゆうきょう)と、劉振立(りゅう・しんりつ)まで外され、2年あまりで幹部が5人も消えました。

定員7人の中央軍事委員会に残っているのは、習近平と、副主席へ繰り上がった張昇民(ちょう・しょうみん)の2人だけ。

さっき香山フォーラムで演説していた董軍国防相も、この7人には入っていません。

防衛省の防衛研究所は2026年2月、この状態をこう書いています。

中央軍事委員会からは、軍事的な判断に慎重論や異論を出せる層がほぼ消滅した、と。

なかでも張又侠は政治局に入っていた唯一の軍人で、党の指導部に対して、軍事の専門家の知見を直接ぶつけられる立場にいた人でした。

「ちょっと待ってください」とブレーキをかけられる人が、制度の上からいなくなっています。


倒れたら台湾侵攻はなくなるのか

噂が流れた瞬間にいちばん多かったのは、「あの人が倒れたのなら、もう台湾有事は起きないんじゃないか」という声でした。

侵攻を決めるとしたら最高権力者である本人しかいないのだから、その本人が動けなくなれば計画も止まる。

理屈としてはまっすぐですし、私も最初はそう思っていたんですよね。

ところが、まるで逆を言う人も並んでいました。

防衛省の研究所が指していたのも、この「止める人がいない部屋」です。

戦場を知っている軍人が誰も同席していない部屋では、威勢のいい掛け声が通ってしまう。

指導者が弱ったとき、外に仮想敵を作って内側を力づくでまとめる動きが出るのは、中国だけの話ではないと思います。

倒れれば止まる、とはもう言えないのです。


2027年は侵攻の日付ではない

台湾の話でもう一つ必ず出てくるのが、2027年という数字。

この年が広まったのは、2021年3月にアメリカのインド太平洋軍のデービッドソン司令官(当時)が議会で述べた見通しがきっかけで、今後6年以内に中国が台湾へ軍事侵攻する可能性がある、という趣旨の発言から数えた先が2027年だったのです。

ただ、アメリカの軍や情報の当局が言っている2027年は侵攻できる能力を整えようとしている目標の年であって、その年に必ず火ぶたを切ると決まっている、という意味ではありません。

日本ではこの数字だけが日付のように扱われて、あと何年、あと半年という数え方で広まってしまいました。

期限が決まっているのは、能力だけです。

いつ使うかを決めるのは人間で、その判断をする席から人が減り続けています。

この騒ぎを作っているのは、噂を流した人ではなく、代わりのきく人をひとりも残さなかった中国のいまの形なんですよね。