2026年10月17日の夕方、愛媛県西条市の秋祭り「西条まつり」で、担ぎ手として参加していた難波江明広副市長(62)が亡くなりました。

重さ2〜3トンある山車「太鼓台」の下敷きになったと報じられています。

そのニュースの中に、こんな一文がありました。

「会場の警備にあたっていた警察官が祭り関係者に運びだされる難波江副市長を発見しました」

私も最初に読んだときは、見つかってはまずいものを運んでいたところに、警察が来てしまったのかと思いました。

ネットでも、この一文にぞっとしたという人が相次ぎ、「祭りの闇」という言葉まで出ています。

事故があった飯積神社の祭りの河川敷を、その日の夕方に見物に来ていた人が動画に残しています(事故の場面は映っていません)。

あの河川敷で、いったい何があったのか。


ぞっとした「運びだされる」

西条まつりは、江戸時代から続く五穀豊穣を感謝する秋祭り。

事故があったのは、西条市下島山の渦井川の河川敷です。

難波江副市長は、大谷太鼓台の担ぎ手として祭りに加わっていたとのこと。

現場では、何台もの太鼓台が横一線に並び、高く持ち上げてみせる「かき比べ」が行われている最中だったそうです。

副市長は意識のない状態で新居浜市内の病院へ運ばれ、およそ1時間後に亡くなったことが確認されました。

ほかにけがをした人はいなかったと報じられています。

 

あの一文が入っていたのは、地元のテレビ局・あいテレビが18日の0時すぎに配信した記事です。

この記事はYahoo!ニュースのトピックスに「祭りで副市長が死亡 市長『痛恨』」として載りました。

18日の朝にはYahoo!ニュースの公式Xでも紹介され、多くの人がこの一文に触れています。

運んでいた人たちがそこで何をしていたのかは、記事には書かれていません。


同じ場面は「救助」だった

ところが、その少し前に出ていた共同通信の記事では、同じ夕方の場面がまったく別の言葉で書かれていました。

17日の夜に配信され、日本経済新聞や西日本新聞にも載った記事は、こうです。

「17日午後5時50分ごろ、愛媛県西条市の『西条まつり』で男性が太鼓台の下敷きになり、救助されているのを警備中の警察官が確認した」

警察官が確認したのは「救助されている男性」だった、という書き方。

この記事も、Yahoo!ニュースのトピックスに「祭りで太鼓台の下敷き 副市長死亡」という見出しで載っています。

 

さらにさかのぼると、共同通信がいちばん最初に出した速報には、「救助」も「運びだされる」も出てきません。

その速報の言葉のまま、日付が変わった深夜に事故を伝えていたのが、タレントのフィフィです。

時間の順に並べると、こうなります。

  • 17日23時19分 共同通信の速報「救急搬送されたが、死亡が確認された」
  • 17日の夜(速報のあと) 共同通信の記事「救助されているのを警備中の警察官が確認した」
  • 18日0時8分 あいテレビの記事「運びだされる難波江副市長を発見しました」

ひと晩のうちに、同じ夕方の場面がこれだけ違う言葉で届いていたわけです。

 

あいテレビの記事は「警察によりますと」、共同通信の記事は「県警によると」と書いていて、どちらも警察の話がもとになっています。

ネットでは、この一文を引用して「警察にとっての初報は現場警察官の目撃なのでこうなる」と書いた人もいました。

二つの記事から読めるのは、警備中の警察官が事故を知ったのが、太鼓台の下から副市長が運ばれてくる場面だった、ということです。

「運びだされる副市長を発見」と書くと、運んでいた人たちが見つかった側のように読めます。

「救助されているのを確認」と書けば、助けている人たちに警察官が気づいた場面になる。

あの一文でぞっとしたのは、少しもおかしなことではありません。

あの書き方は、そう読める形をしていました。


救急車は来ていた

ネットには「普通は救急待つだろ」という声も。

では、祭り関係者はなぜ自分たちの手で副市長を運んでいたのか。

答えに近いのは、その場の混み具合です。

動画を見ると、飯積神社の河川敷は担ぎ手と見物の人で埋めつくされていて、太鼓台のそばまで車が入っていける隙間はほとんど見当たりません。

太鼓台の下から人を出すのも、救急車の止まれるところまで運ぶのも、まわりにいる人の手に頼るほかない場所だったように見えます。

 

そして、その救急車も来ていたようです。

西条まつりを追いかけている地元の人が、こんなふうに書いていました。

事故から1時間ほどたった、17日18時49分の投稿です。

あいテレビの記事のコメント欄にも、ケーブルテレビの生中継でかき比べを見ていたという人が「途中で救急車のサイレンが聞こえた」と書いていました。


祭りの訃報が続いた一週間

救急車が来ていたと分かっても、「祭りの闇」と感じた気持ちが的外れだったとは思いません。

副市長のニュースの前から、祭りで人が亡くなる知らせが続いていたからです。

10月10日には、大阪府の泉佐野市と泉大津市で、だんじりが交差点を曲がるときに横転する事故が相次ぎ、51歳と48歳の男性が亡くなったと報じられています。

けがをした祭りの関係者も、男性ばかり16人にのぼったとのこと。

その日、だんじり祭りに初めて出かけていたという人は、こう書いていました。

しかも西条市でも16日に、西条まつりの担ぎ手だったとみられる73歳の男性が市内で倒れているのが見つかり、その夜に亡くなっています。

副市長の事故とは別の出来事で、なぜ倒れていたのかは報道には出てきません。

 

あいテレビの記事のコメント欄には、祭りが盛んな地域に住んでいるという人の「きちんと検証して、二度と起きないように」という声も並んでいました。

何トンもある山車を人の肩で担ぐ祭りで、この1週間だけでも、山車の下になって亡くなった人が大阪と西条で3人いる。

「闇」という言葉の手前にあるのは、きっとこの怖さなんだと思います。


地元の太鼓台を担いだ副市長

難波江さんは、西条市の農林水産部長や環境部長などを務めたあと、2026年7月に副市長になったばかりでした。

西条市の越智三義市長は「痛恨の極みであり、深い悲しみを禁じ得ません」とコメントし、「ともに新しい市政を築いていこうとしていた矢先」だったとも話しています。

副市長という肩書きの前に、地元の祭りの担ぎ手のひとりだった。

 

事故の翌日には、ネットでこんな声も上がっていました。

どうして太鼓台の下になってしまったのか、県警の西条署が詳しい経緯を調べていて、その答えはまだ出ていません。

地元の人たちと太鼓台を担いだあの夕方が最後になってしまったことを思うと、胸が詰まる思いです。

亡くなられた難波江明広さんのご冥福をお祈りいたします。