2026年9月6日の朝、くら寿司の店先に赤い紙が貼り出されました。

いちばん上に、大きく「お客様へ」。

その下に、こう書かれていました。

コラボの早期終了に伴いお詫びの気持ちを込めて、9月6日(日)と9月7日(月)の2日間、レジにて全品10%割引いたします。

 

ちいかわとのコラボが、従業員の不正を理由に丸ごと止まった翌日のことでした。

お詫びが出たのですから、少しは収まりそうなものです。

ところが、収まりませんでした。

むしろ、この2日間の割引のほうが燃えています。

 

なぜ10%だったのか。

なぜ1週間ではなく、2日間なのか。

そして、この割引でいちばん助かるのは誰なのか。

 

くら寿司が自分で公表している数字を並べていくと、この2日間が何だったのかは、わりとはっきり見えてきます。

先に言ってしまうと、この割引はお詫びであると同時に、会社が損を減らすための手でもありました。

その二つが同じ形をしているので、外から見ると区別がつかないのです。

 

そして、調べているうちにもうひとつ出てきました。

この会社は一度取り上げてから返すのを、2024年にすでにやっています。

そちらのほうが、正直ぞっとしました。

 

そして割引が終わった9月7日、こんどは株価のほうにも答えが出ています。

下がったのは、44円です。


お詫びの紙に書かれていない理由

まず、あの赤い紙に書いてあることから。

くら寿司の公式サイトにも同じものが載っていて、書かれている文字はこれで全部です。

  • お客様へ
  • コラボの早期終了に伴いお詫びの気持ちを込めて
  • 2026年 9/6(日)・9/7(月)
  • レジにて 全品10% 割引いたします

 

気づかれたでしょうか。

「不正」も「従業員」も「調査」も、一文字も出てきません。

あるのは「コラボの早期終了に伴い」だけです。

前日の9月5日に出た文書のほうには、中止の理由がはっきり書いてありました。

調査の結果として不正行為が判明したから、というのがその一行です。

会社は理由を隠していたわけではありません。

ただ、店の壁に貼るときには、その一行だけが外されています。

 

お店に来た人が最初に読むのは、こちらの紙のほうですよね。

事情を知らずに寿司を食べに来た人にとっては、これは「早めに終わったお詫び」として届きます。

ニュースを追いかけていた人にとっては、まったく別の紙に見えるはずです。

同じ1枚が、読む人によって二つの意味になっていました。

SNSに投稿すらない、という指摘が刺さります。

キャンペーンの告知はあれだけ流れていたのに、終わりのほうは静かでした。

告知は広く、お詫びは狭く。

そういう配り方になっているのは、たしかでしょう。


10%は2018年からある割引と同じ

次は「10%」のほうです。

この数字を見て、ずいぶん思い切ったと感じた方もいるかもしれません。

ところが、くら寿司にはもともと10%という割引の枠があります。

 

「みんな割」という制度です。

始まったのは2018年7月1日で、もう8年続いています。

中身は、店舗で働いている人が自分の店で食事をすると、会計が10%割引になるというもの。

社員でもパートでもアルバイトでも同じで、一緒に来た家族や友人の会計まで10%引かれます。

人数の制限も、回数の制限もありません。

 

働く人のための制度なので、今回の話とは筋がまったく違います。

ただ、ひとつだけ分かることがありまして。

10%という率は、この会社がふだんから引き出しに入れている数字だったということです。

新しく決めた特別な数字ではありません。

ここが、多くの人がうまく言葉にできずにいたところだと思います。

金額が小さいから怒っているのではなくて、その数字に「今回のための重さ」が乗っていないから、軽く見えてしまう。

お詫びの大きさは、率ではなく、どこから持ってきた率かで伝わるものなんですよね。

短い一行ですが、今回の空気をよく表しています。

疑っているというより、確かめようがなくて宙に浮いている感じ。

確かめようがないまま、割引だけが始まりました。


2日で終わる理由はフードロス?

次は、期間のほうです。

9月6日と7日の、2日だけ。

本来のコラボは9月30日まででしたから、残りは24日ありました。

 

ここで思い出したいのが、中止になったものの中身です。

景品や装飾のほかに、コラボメニューが2品ありました。

あげだっこ!ソースのめんが650円、うさぎのパァンッケーキが450円。

この2品のために仕入れた材料は、9月30日までを見込んだ量です。

寿司屋の材料は待ってくれないので、コラボが止まった時点で、その材料はまるごと行き先を失いました。

そしてちいかわ目当ての客が来なくなれば、いつもの寿司ネタのほうまで余ります。

キャンペーン中は客が増える前提で発注しているからです。

正直に言うと、会社は期間の理由を一行も書いていないので、ここまで断定できる材料は外にはありません。

 

ただ、期間の長さで説明がつくことと、つかないことは分けられます。

食材をさばくのが目的なら、いま冷蔵庫にある分がなくなればいいので、2日あれば足りるでしょう。

失った信用を戻すのが目的なら、2日はどう見ても短いですよね。

2日という長さは、前者にはちょうどよくて、後者にはまるで足りていません。

 

この期間の設定だけで会社を責めるつもりはないんです。

けれど、期間は会社が自由に決められた数少ないところで、そこを2日にしたことは事実として残ります。


値下げはしないと書いていた会社

ここで、お金の話を少しだけ。

くら寿司の2025年10月期の決算を見ると、営業利益率は2.2%でした。

100円ぶん売って、手元に残るのは2円20銭ということです。

 

この状態で10%を引くと、どうなるか。

100円の会計から10円が消えます。

残るはずだった2円20銭は当然なくなって、それでもまだ7円80銭ぶん足りません。

1人あたりで見れば、割引した会計は赤字です。

では、なぜ打てるのか。

家賃も、電気代も、その日出勤している人の給料も、客が何人来ようと変わらないからです。

だから値引きは「そのぶん人が増える」ことを前提にしてはじめて成り立ちます。

 

規模のほうも、ざっくり測っておきましょう。

日本の売上を日割りにして1割を引き、それを2日ぶん足すと、値引きの総額はおよそ9千7百万円という見当。

公表数字を割っただけの目安ですが、桁の感覚はつかめるはずです。

年に1回の大きな出費ではなく、今週の販促費として飲み込める範囲に収まっています。

この程度で済まそうとしているのなら、という言い方が正確だと思いました。

金額そのものより、その金額で終わりにするつもりなのかどうかを、みんな見ています。

 

そのうえで、くら寿司が2025年12月に出した決算説明会の資料を開いてみましょう。

投資家へ向けて、1年の商売を自分で説明する書類です。

そこに、こんな一節があります。

特に「ちいかわ」のコラボキャンペーンでは大きな話題となり大好評を頂き、多数のお客様にご来店頂けました。

 

会社が自分で、ちいかわを売上の柱として名前を出しています。

そして、同じページのすぐ下に、もう一行。

過度な値下げを行わず、フレキシブルな商品設計により客単価は上昇。

 

ここが、調べていていちばん引っかかったところでした。

値下げをしないことのほうを、成果として書いていた会社です。

その会社が、2026年9月6日に全品10%割引を出しました。

自分で柱と書いたコラボを自分で止めて、やらないと書いた手のほうを打ったことになります。

 

中止を決めた時点で、会社は湯呑みも寿司皿も、のぼりもテレビCMも、すでに払い終わっていました。

いま何をしても戻ってきません。

戻せる可能性が残っていたのは、ひとつだけです。

明日から来なくなるお客さんのほう。

コラボが消えた瞬間、その席がまるごと空きます。

割引は、空こうとしている席を埋めにいく手なんですよね。

 

そして、ここが厄介なところなのですが。

お詫びとして出す割引と、損を減らすために出す割引は、紙の上ではまったく同じ形をします。

会社がどちらのつもりだったのかを、外から決める方法はないんです。

ただ、お詫びのつもりだったとしても、損が減る側に効いてしまうのは避けられません。

 

ちなみに、抜かれた景品そのものの弁償や賠償がどうなるかは、また別の話です。

そちらは犯人の特定から賠償請求までの流れにまとめてあります。


優待をやめた5日後に動いた副社長の株

ところで、この会社が自分で決めた方針をひっくり返したのは、今回が初めてではありません。

2024年の暮れに、一度あります。

そのとき動いたのは寿司ではなく、株のほうでした。

 

先に、株の話が苦手な方のために少しだけ。

株主優待というのは、株を持っている人へ会社が配るおまけです。

くら寿司の場合、100株持っていると2,500円分の割引券が年に一度もらえました。

1,000円の会計ごとに500円引き、という使い方のものです。

回転寿司の株を買う人には、この券が目当てという方がかなりの割合を占めます。

 

その優待を、2024年12月11日の取引が終わったあとに廃止すると発表しました。

理由は、発表文にこう書いてあります。

配当を含めた株主の皆様への公平な利益還元のあり方という観点から、慎重に協議した結果。

 

これ、当時としてはまっとうな理由でした。

優待はたくさん株を持っている人ほど1株あたりの取り分が減る仕組みなので、不公平ではないかという考え方がその頃どんどん広がっていたんです。

実際、オリックスもJTも2022年に同じ理由で優待をやめています。

だから12月11日の時点では、これを疑う材料がどこにもありませんでした。

 

ただ、株価のほうは正直です。

  • 12月11日の終値 3,865円
  • 12月12日の始値 3,235円

 

一晩で2割弱、下がりました。

券をあてにして持っていた人が、いっせいに手放したからです。

ある個人投資家のブログには、その日「めちゃくちゃ使っていたので残念すぎます」と書かれていました。

 

そして発表から5日後の12月16日、一枚の届け出が出ます。

当時の副社長が、自分の持っていたくら寿司の株を、自分が代表を務める資産管理会社へ移すという内容でした。

この副社長は、創業社長の長男です。

翌17日付で移った株は、250万株。

受け取った側の会社は、これでくら寿司の大株主の2位になりました。

 

ここで押さえておきたいのは、この届け出も隠されていないということです。

株を5%より多く持つ人には届け出の義務があって、その中身は誰でも読めます。

くら寿司自身も、この株の動きを同じ時期にお知らせとして出していました。

では、なぜこのタイミングだったのか。

効いてくるのは税金の決まりのほうです。

株を誰かに譲るときは、値上がりした分に税金がかかります。

買ったときより高く渡せば、その差額が儲けとみなされるからですね。

 

家を子どもに譲るときと似ています。

その家の値段が高いほど税金は高くつき、安いほど安く済む。

だから値段が下がっているときに渡すほうが、手元に残るお金は多くなります。

今回と違うのは、ひとつだけ。

その値段を動かす材料を、渡す側の会社が持っていたということです。

12月16日の終値は3,010円。

廃止を発表する前の3,865円と比べると、1株あたり855円ぶん安いことになります。

これに250万株を掛けると、およそ21億4千万円。

株の儲けにかかる税率がおよそ20%ですから、出てくるのは4億円ほど。

この計算は、公表されている終値を私が掛け算しただけのものです。

実際にいくらで移したのかは、公表されていません。

ただ、証券の研究をしている公益法人が出した論文にも、4億円程度の税金を節約できたという同じ見当が書かれていました。

会社はこの件について、取材にきちんと答えています。

資産管理会社へ株を移したのは税金面の違いが理由だと理解している、というのがその回答でした。

タイミングについても、決算の発表が終わったあとに取引したと説明しています。

いちばん扱いの難しい情報が決算なので、それが出たあとなら安全だと考えた、という趣旨です。

つまり節税だったことは、会社の側も否定していません。

 

そして、ここが引っかかるところなのですが。

12月のこの時点では、まだ誰も騒いでいません。

廃止には正当な理由があり、株の移動には届け出も出ていて。

材料はすべて表に出ていたのに、並べて見る人はまだいません。

以前から強い不信感を持っていた、という書き方が引っかかりました。

今回の景品の件で初めて怒った人ではないのです。

この2日間の割引を冷ややかに見ている人の中には、こういう記憶を持ったまま来ている方がまざっています。


2か月後に優待は戻ってきた

次に動いたのは、年が明けてからです。

2025年2月19日、やはり取引が終わったあとでした。

くら寿司は優待を再導入すると発表します。

 

理由として書かれていたのは、こちらです。

多くの株主様から株主優待制度の再開等のご意見やご要望を頂戴いたしました。

当社株式への投資魅力を高めるため。

 

2か月前には不公平だからと言って外したものを、こんどは投資の魅力だからと言って戻しています。

同じ制度への評価が、60日で裏返ったわけです。

ただ、これも筋は通っています。

12月の廃止のお知らせには、こう書き添えてありました。

株主の皆様との対話を通じ、あるべき利益還元について検討し。

 

戻す道は、やめると言った紙の中に最初から書いてあったことになります。

 

翌20日の相場は、こうなりました。

  • 2月19日の終値 2,590円
  • 2月20日の始値 3,090円

 

一晩で2割弱の上昇。

その日はストップ高。

1日に上がれる幅の上限まで買われた状態を、そう呼びます。

そして株主は、これを喜びました。

無くなると言われたものが戻ってきたのですから、当たり前です。

しかも、戻ってきた優待は前より良くなっていました。

金額の区分は廃止前と同じ4段階で、100株なら2,500円、1,000株なら2万円。

変わったのは券の性質のほうです。

  • 前 1,000円の会計ごとに500円引きになる割引券
  • 後 その額のぶんそのまま食べられる食事券

 

割引券は、使うのに自分でも同じだけ払う必要がありました。

食事券なら、券の額そのままで会計が済みます。

出ていったものより、戻ってきたもののほうが良かったわけです。

だから、この日を怒った人はほとんどいませんでした。

 

でも、ひとつだけ戻っていないものがあります。

株価のほうです。

ストップ高でついた3,090円は、廃止を発表する前の3,865円に届いていません。

2割弱の上昇と言われても、落ちた分を埋めるにはまだ足りない計算。

 

ちなみに、9月7日のくら寿司の株価は1,696円でした。

ずいぶん安く見えますが、これは2026年の春に1株を2株へ分けているからで、その分を戻すと3,392円あたり。

2024年12月の3,865円までは、1年9か月たったいまも戻っていません。

外から失礼します、と断ってから書かれた一行です。

株にくわしい人ではなく、たまたま流れてきた人の目に、そう映ったということ。

ストップ高で沸いていたその日に、もう別の空気が動きはじめていました。


気づいたのはSNSのほうが先

2月20日、優待の復活で株価が跳ねたその日に、SNSでは別の話が広がっていきます。

優待をやめる。

株価が落ちる。

その谷で、身内の会社へ株が移る。

2か月後に優待が戻り、株価が跳ねる。

この4つを順番に並べた投稿が、回りはじめました。

ここで思い出したいことがあって。

4つとも、公表されていた情報です。

廃止も再開も会社が正式に出したお知らせですし、株の移動には届け出が出ています。

手がかりは、最初から全部テーブルの上に並んでいました。

それでも2か月のあいだ、誰も並べて見なかった。

そして並んだ瞬間に、議論が始まります。

いちばん多かったのが、これはインサイダー取引ではないのか、という問いでした。

言っていることは、法律のとおりです。

インサイダー取引というのは、発表前の重要な情報を使って株を売り買いすることを指します。

ところが優待をやめる・戻すという話は、その「重要な情報」に入っていません。

取引所が出している質問集にも、はっきりそう書いてあります。

配当を増やす減らすは重要な情報だけれど、優待は原則としてそこに当たらない、と。

 

さきほどの論文も、この件についてはこう書いていました。

やったのは自分の株を自分の会社へ移しただけなので、大きな問題はないように思われる、と。

取材に答えた弁護士も、優待の変更や廃止という情報自体は重要事実に当たらないだろうという見方を示しています。

グレーではあるけれど、黒ではなくて。

そこが、この話をすっきりさせてくれないところでした。

もうひとつ、押さえておきたいことがあります。

この件を新聞が記事にしたのは、SNSで話題になったあとでした。

日経が「優待廃止後に副社長が株移管」と報じたのが2月の終わり。

会社への一問一答や、専門家に聞いた記事が並んだのは3月に入ってからです。

 

先に気づいたのは、市場でも、監督する役所でもありませんでした。

ストップ高で沸いた日に、たまたま数字を並べて見た人たちです。

違法かどうかと、心証が最悪かどうかは別。

この線引きが、1年半たったいまも効いています。


これが計算だったとしたらうまくできている

ここから先は、確かめようのない話。

私がそう思ったというだけの見立てなので、そのつもりで読んでくださいね。

 

ふだんは表に出てこない仕組みが、ひとつあります。

上場している会社では、経営者も株主も、株価が上がってくれたほうが嬉しいわけです。

願っている向きは、同じ。

ところが、自分の持っている自社株を身内へ移すときだけ、その向きが逆になります。

移す側にとっては、株価は安いほうが都合がいいからです。

経営者と株主の願いが真っ二つに割れる瞬間が、ここにひとつだけあります。

2024年の12月に起きていたのは、ちょうどその瞬間でした。

そしてもうひとつ、人の目のほうにも仕掛けがあって。

優待が戻った日、株主は喜びました。

戻ってきたものが前より良かったので、なおさらです。

でも比べる相手は、いつのまにか廃止する前ではなく廃止したあとに入れ替わっていました。

一度取り上げてから返すと、返ってきたものは実際より大きく見えるということです。

 

これを、今回の2日間に当てはめてみます。

止まったのは、ちいかわのコラボでした。

返ってきたのは、全品10%割引です。

そしてその10%は、2018年から社内にあった率で、今回のために新しく用意した数字ではありませんでした。

つまり、新しく差し出したものは、実のところ何もありません。

それでも「お詫びを出した会社」にはなれますし、空きかけていた席も埋まる。

もしこれが最初から計算されていたのなら、たしかによくできた手です。

お金はほとんど出ていかないのに、謝った形にはなるわけですから。

 

そして、怖いのはここから先だと思っていて。

この手順のどこにも、法律に触れる場所がありません。

紙に理由を書かないことも、期間を2日にすることも、率を10%にすることも、全部が会社の自由な判断の中にあります。

やってはいけないことを一つもしないまま、ここまで組み立てられてしまう。

 

ついでに、もう一段だけ踏み込ませてください。

この10%割引、あまりにも雑に見えませんでしたか。

理由を書かない紙。

2日という期間。

社内にもとからある率。

丁寧にやろうと思えば、いくらでも丁寧にできたはずです。

 

ところが、雑だったおかげでこの2日間は一日中話題になりました。

くら寿司という名前が、朝から晩までタイムラインを流れています。

店の名前が人の目に入り続けるという一点だけで見るなら、丁寧なお詫びより雑なお詫びのほうが効いてしまうんですよね。

コラボをいきなり止めたのも、同じ形をしていました。

9月30日まで続くはずのものが、朝いちばんで消えたわけですから。

 

ここまで来ると、さすがに考えすぎだと自分でも思います。

そもそも従業員の不正という、会社にとって何ひとつ得のない出来事から始まった話ですし。

それでも、この燃え方まで織り込んだうえでの2日間だったとしたら。

ちょっと、ぞっとしませんか。

 

もう一度だけ、はっきりさせておきますね。

今回の10%割引が計算ずくだったと示す材料は、いまのところ何もありません。

2024年の株の話と今回のお詫びの話は、別々の出来事です。

片方が起きたから、もう片方も同じだとは言えません。

 

それでも、多くの人がこの二つを並べて見てしまうのには理由があります。

取り上げてから返す、という形がそっくりだからです。

一度これを見た人は、次に同じことが起きたときに、同じ絵を思い浮かべます。

信用というのは、たぶんそういう仕組みで減っていくものなんでしょうね。

ホルダーもちいかわファンも気の毒、という最後の一行にうなずいてしまいました。

株を持っていた人と、湯呑みを待っていた人。

まったく別のところにいた二組が、同じ理由でがっかりしています。


10%が届かないのは2週間通った人

では、今回いちばん損をしたのは誰だったか。

8月21日からの2週間に、ちいかわのために通っていた人たちです。

皿を5枚ずつ数えていた人、湯呑みのために持ち帰りを予約していた人、9月18日の寿司皿を待っていた人。

その支払いは、もうとっくに終わっています。

 

その人が10%を受け取るには、どうすればいいのか。

もう一度あの椅子に座って、もう一度会計を通すしかありません。

しかも、行ったところで景品はもう置いていないんですよね。

目当てだったものが無い場所へ、割引券を握って戻ってくれ、という形です。

結果として、この2日間でいちばん得をするのは誰か。

ちいかわに関心がなくて、たまたま今日お寿司を食べたかった人です。

悪いことをした人ではありません。

ただ、いちばん損をした人でもない、というだけの話です。

割引よりキャンペーンを楽しみたかった、という一行がすべてだと思います。

返してほしかったのは、安い会計ではありませんでした。

あの箱の前で当たりが出る瞬間と、持って帰る湯呑みのほうです。

 

もちろん、会社に残っていた手が少なかったのは本当だと思います。

景品が出なかったことを証明できる人はほとんどいませんから、返金は現実には組めません。

全店で一律にかけられる割引が、いちばん実行しやすい手に見えたのでしょう。

食材の都合を疑いながら、要求が行きすぎている人にも待ったをかけています。

 

そのうえで、ひとつだけはっきりさせておきたいところがあって。

打てる手が少なかったことと、その手が誰に届くかは、別の話です。

難しかったからといって、届かなかった人の気持ちが片づくわけではありません。

 

そして、ここがいちばん誤解されているところだと思っていて。

怒っている人は、10%が安いから怒っているのではありません。

その手が、自分のほうを向いていないから怒っています。

金額を20%にしても、たぶん同じことが起きたでしょう。

 

逆に言えば、この気持ちを収める方法は、実はそんなに高くつきません。

抜かれていた店と数を公表する。

配れなかった湯呑みと寿司皿を、受注販売でもいいから欲しい人へ届ける。

どちらも割引より安く済んで、しかも損をした人のほうを向いた手です。

 

このうち寿司皿のほうには、2026年9月24日に会社の答えが出ています。

週刊女性PRIMEの問い合わせに、皿は100万人分を用意していたこと、景品はすべて本部へ回収を済ませたこと、この先の扱いはまだ検討中であることを答えました。

100万人分の皿が、一枚も配られないまま本部へ戻ったことになります。

捨てるとも、売るとも、まだ決まっていません。

欲しい人へ届ける道は、いまのところ閉じていないということですね。

 

コラボそのものがどう終わったのかは、突然の終了までの一日のほうに時系列で書いてあります。

その日は、店員さんも答えを持っていませんでした。


割引は自動では引かれなかった

9月7日、割引の2日目に、また別の話が広がりはじめます。

10%は、黙っていても引かれるわけではないらしい、というものです。

 

もう一度、あの紙を見てみます。

書いてあるのは「レジにて全品10%割引いたします」だけ。

申し出が要るとも、自動で引くとも書いていません。

 

それで、実際に行った人の話がばらばらに割れています。

  • 店員さんが10%オフのバーコードを読ませてくれた
  • 従業員の会員証のようなものをかざしていた
  • こちらから言わないと引かれなかった
  • やっている店と、やっていない店がある

 

くら寿司は、基本がセルフ会計のお店です。

その全店のレジを、2日間のために書き換えたのかどうかは公表されていません。

書き換えていないなら、手で引くのは店員さんです。

そうなると、言った人には引かれて、言わなかった人には引かれないということが起こります。

気になったのは、従業員の会員証のようなもの、という一行です。

この記事の前のほうで、10%は2018年からある社員向けの割引と同じ率だ、と書きました。

もし本当にその会員証で引いているのなら、同じだったのは率だけではなかったことになります。

会社は運用について何も説明していないので、ここは確かめようがありません。

 

ばらつきは、ほかにもありました。

持ち帰りは対象から外れていて、そもそも新しい注文を受け付けていない店があります。

配布が始まった9月4日の深夜には、3,000円ごとに配るはずだった湯呑みを、待っていた全員へ配った店もありました。

千葉県内のお店で、そこで8個受け取った人もいます。

2026年9月8日、会社はこれを認めました。

最後まで入れなかったお客様へのお詫びとして渡したもので、本部としても把握している、という回答です。

自己申告の10%と、待っていた人への湯呑み。

この2つが並ぶと、お詫びの中身が店ごとに違っていたことがはっきりします。

ひとつずつ見れば、現場が気を利かせた結果でもあります。

ただ、受け取る側から見ると話は別です。

同じ日に、同じチェーンで、もらえた人ともらえなかった人が出たということですから。

 

そして、いちばん大事なところ。

では、この2日間でお店に人は来たのか。

スポーツ紙が7日に伝えたところでは、コラボの終了を知って店に入らずに帰る人が数多くいたそうです。

来店予約のキャンセルも相次いでいて、店舗の関係者は8割以上はキャンセルになっているのではと話しています。

 

この記事の前のほうで、値引きは「そのぶん人が増える」ことを前提にしてはじめて成り立つ、と書きました。

いま出てきているのは、その前提のほうが崩れているという話です。

だとすれば、値引きの総額もあの見当より小さくなります。

減らせた損も、そのぶん小さいということです。

もちろん、混んでいた店もありました。

お店、気の毒すぎる、という結びのほうが正確なのだと思います。

 

ここまで並べて、ひとつ言えることがあって。

計算ずくで打った手だとしたら、あまりにも運用が雑です。

紙も、レジも、持ち帰りも、湯呑みも、店ごとにばらばらでした。

設計された戦略というより、間に合わせで配られたものが、たまたま同じ形に見えているだけなのかもしれません。


44円しか下がらなかった株価

計算だったのか、間に合わせだったのか。

そこはまだ分かりませんが、9月7日は月曜で、株式市場が開いていた日でもあります。

くら寿司の株がどうなるのかを、朝から画面を開いたまま待っていた人が、かなりの数いました。

前の週の金曜に付いていた終値が、1,740円。

そこから、こうなります。

  • 9月7日の始値 1,682円
  • その日いちばんの安値 1,675円
  • 終値 1,696円(前日比44円安)

 

下がり幅にすると2.5%です。

朝いちばんで3.7%まで下げて、そこから少し戻して終わった一日でした。

この数字を見て、拍子抜けした人がずいぶんいたんですよね。

週末のあいだ、月曜はストップ安になるんじゃないかと書いている人が何人もいましたから。

1日に下がれる幅の限界まで売られる、ストップ高の逆です。

実際に来たのは、44円。

かすり傷みたいなもんであった、という一行が正直だと思いました。

800株を持っている人で、減ったのは3万5,200円。

優待の3年半ぶん、という数え方をされていました。

 

ただ、静かな一日だったわけではありません。

ところが動いた株の数のほうは、ほとんど動かなかった値段とはまったく違う顔をしていました。

くら寿司の株は、ふだん1日に20万株そこそこしか動きません。

7日に動いたのは、238万株。

値段はほとんど動かないまま、量だけが10倍になっていたことになります。

その日のうちに手放した人がそれだけいて、同じ数だけ拾いにいった人もいた、ということですね。

 

会社が失ったぶんも、いちおう数えておきましょう。

1株あたり44円で、くら寿司の株は全部で8,279万株。

掛けるとおよそ36億円。

この記事の前のほうで、2日間の値引きの総額をおよそ9千7百万円と見当をつけましたよね。

1日で消えたほうが、37倍ほど大きい計算になります。

ここは、ひとつ断っておきたいところで。

この36億円はくら寿司の金庫から出ていったお金ではなくて、株を持っている人の手元で減ったぶんの合計です。

会社が払ったわけではありません。

払ったのは、株主のほうでした。

 

そして、その株主がいちばん腹を立てているのは、どうやら今回のことではないようなんです。

大騒ぎしてるけど、から始まるのが引っかかりました。

出てくるのは、この記事の真ん中で並べた2024年12月の話です。

景品が抜かれたことよりも、根に残っているのはあちらのほう。

 

だから44円で済んだのだ、とまでは言いませんが。

ただ、怒っている人の数と、下がった値段は、まるで釣り合っていません。

数えているものが違うからです。

この2日間で減った売上のほうには、市場がもう値段をつけました。

来なくなった人のほうが数になって出てくるのは、もう少しあとになります。


10月に出た9月の客数

最後に、その後の話を。

今回の1億円弱の値引きは、正直なところ、この会社にとって致命傷にはなりません。

もっと重いものが、二つ残っています。

 

ひとつめが、コラボの相手のほう。

ちいかわとくら寿司が手を組んだのは、今回が4回目です。

その4回目が、権利を持つ側にとっていちばん困る形で終わりました。

店で配るはずの景品が、店の中で消えたからです。

2026年9月28日、くら寿司は今後のコラボについて2つのことを発表しました。

景品の扱いを店から物流までまるごと見直すことと、フリマアプリの運営会社へ転売を止める協力を求めることです。

不正に手に入れた疑いのある出品者の情報開示まで、求めていくと書いています。

 

それでも、次に別の作品へ話を持っていくとき、前回はどうなりましたかと必ず聞かれるでしょう。

回転寿司にとって、コラボは客を呼ぶいちばん強い道具でした。

その道具が使いにくくなるのは、2日ぶんの値引きより確実に高くつきます。

 

ふたつめが、来なくなる人のほう。

こちらは声にならないので、批判の投稿としては表に出てきません。

もう行かない、の前に置かれているのが、お皿を楽しみにしていた、という一行なんですよね。

怒りより先に、悲しさのほうが来ています。

この手の離れ方は、静かで、そして戻ってきません。

2024年の優待のときに離れた株主のほうも、いまだに戻ってきていないそうなんです。

 

それでも、この数だけは表に出ました。

くら寿司は毎月、既存店の売上と客数を公表しているからです。

9月の分が出たのは、2026年10月5日。

前の年の9月と比べた数字は、こうでした。

  • 既存店の売上 111.1%
  • 客数 99.3%
  • 客単価 111.9%

 

売上だけを見れば、1割以上伸びています。

ただ、押し上げたのは1人あたりの会計のほうで、来た人の数は前の年に届いていません。

しかも前の年の9月は、客数がその前の年の89.0%まで落ちていた月です。

その低いところと比べても、人は戻りきっていなかったことになります。

会社はこの報告のはじめにコラボの中止を詫び、売上が伸びた理由には商品のフェアや一部の価格改定、土日祝日が前の年より1日多かったことを挙げていました。

 

その手前の2026年9月11日には、決算も出ています。

並んだのは2025年11月から2026年7月までの数字なので、コラボの中止はまだ入っていません。

それでも、中身は重いものでした。

この9か月の営業利益は28億4,500万円で、前の年より45.2%減っています。

5月から7月の3か月だけで見ると、売上に対する営業利益は0.6%で、前の年の同じ時期は3.6%でした。

100円売って残るのが、3円60銭から60銭になった計算です。

あの2日間の割引は、その足元へ重なっています。

 

10%の2日間で減らせたのは、目の前の損のほうでした。

株価がつけた値段も、そこまで。

10月に出た客数のほうは、割り引くことができませんでした。

売上は伸びたのに、来た人の数は前の年に届かなかった。

あの2日間の答え合わせとしては、それがいちばん正直な数字なのかもしれませんね。