Mrs. GREEN APPLEの新曲「シンデレラ」のMVで、主人公がキャバクラで働く女性だったことが、公開の翌朝から思わぬ形で話題になっています。

MVのプレミア公開が始まったのは、2026年10月23日の23時53分。

報道によると、カウントダウンのあとに始まる約5分の映像はシンデレラの魔法が解ける24時ちょうどに終わるよう組まれていたそうです。

翌朝の7時台には、「夜職を認めるなよ、憧れる子が出てきたらどうすんのこれ」と書いた投稿が大きく広がりました。

しかも、書いた人は2時間ほどあとに、「キャバ嬢に人権?ないよ」とまで続けています。

返信欄には「本当にMV見ましたか?」「どん底の象徴としてキャバ嬢が出てきてるのに何で憧れるの?」という声が並び、引用でも「逆じゃね?」という反論が相次ぎました。

それにしても、ミセスはなぜキャバクラで働く女性を主人公にしたのか。


キャバ嬢が主人公のMV

「シンデレラ」というタイトルから、きらきらした舞踏会のMVを想像していた人は多かったはずです。

報道によると、今回のMVはボーカルの大森元貴が初めて監督を務めた作品で、企画と脚本も自分で手がけています。

主人公を演じたのは、オーディションで選ばれた29歳の女優・吉田紗梨。

 

MVの中の彼女は、子どものころ、テレビに映るプリンセスに見とれていた女の子でした。

大人になった彼女は、電球に囲まれた控室の鏡の前で支度をして、夜の店で笑顔を作っています。

家に帰ればベッドに倒れ込み、昼間は部屋着のままスーパーで買い物をする。

そのあいだに、絵本のような舞踏会の場面が何度も差し込まれる作りです。

 

MVの概要欄には、物語の説明が載っています。

小さいころの夢はプリンセスで、誰かの特別になりたくて、何かを羨んでばかりいるうちに大人になった女性が、ずっと埋まらない何かを追いかけている、という話です。

そして終盤の彼女は、ドレスも濃い化粧もない部屋着の姿で、鏡のある部屋で笑っています。


子どもに見せていいのか

子どもと一緒にミセスを聴いている家庭なら、キャバクラという設定に一瞬ドキッとしてしまう。

ミセスは2025年から、家族連れの集まる東京ディズニーリゾートの夏のイベントと組んできたバンドです。

パークのアトラクションで日本人アーティストの曲が使われたのは、ミセスが初めてと報じられました。

この投稿には「風俗嬢」ともありますが、報道で主人公の仕事として伝えられているのはキャバクラで働く女性。

 

最初に広がった投稿の返信欄にも、以前のMVの件を持ち出して「倫理観や社会的規範への意識低い」と書く声がありました。

2024年6月12日に公開された「コロンブス」のMVは、翌13日に公開が止められ、レコード会社と事務所が「歴史や文化的な背景への理解に欠ける表現が含まれていた」として謝罪しています。

大森元貴本人も、公式サイトで経緯を説明してお詫びをしました。

今回、早いうちから心配の声が上がった背景には、この前例もあります。

 

ただ、MVがくり返し映すのは、お客さんと過ごす華やかな時間より、控室の鏡の前や、ベッドに倒れ込んだときの彼女の顔です。

返信欄で「心底苦しそうなキャバ嬢」と書かれていたのも、この顔。

夜の仕事をきらきらした憧れの場所として描いたMVではありません。

子どもが見て「キャバクラで働きたい」と思うような作りにはなっていない、というのが正直なところ。


キャバクラは裏の世界?

話題になった投稿には、「裏の世界の人は表に出たらダメ」という一文もありました。

この「裏の世界」という言い方が当たっているのかは、法律を見るといちばん早い。

キャバクラのように、お客さんの接待をしてお酒や食事を出す店は、風営法という法律で決められた営業にあたります。

営業所ごとに、都道府県の公安委員会の許可を受けて開く店です。

 

同じ法律の第22条は、18歳未満の人にお客さんの接待をさせることを、はっきり禁じています。

キャバクラで働いているのは、「裏の世界」の人ではなく、許可を受けた店の従業員たちです。

そのうえで、「人権?ないよ」は、仕事の決まりを持ち出す以前に、人に向けていい言葉ではありませんよね。


なぜOLではなかったのか

ミセスが好きな人の中にも、「どうしてキャバクラだったの?」と引っかかった人はいました。

毎日の仕事に追われるOLでもよかったのでは、という声です。

この「なぜ」には、ひとつ手がかりがあります。

 

9月30日に出たアルバム『POPS』の発売に合わせて、全国9か所に曲の名前を付けたポップアップストアが期間限定で開かれました。

公式の案内によると、福岡の「シンデレラ店」が置かれたのは、夜の店が立ち並ぶ繁華街・中洲だったそうです。

9月30日に訪れたファンは、「シンデレラ店を中洲にするのがあまりにもミセスすぎて」と書いていました。

MVが出る3週間以上も前から、ファンの中には「シンデレラ」と夜の街を結びつけていた人がいたわけです。

報道によると、制作にあたっては、実際にこの仕事をしている人への聞き取りも行われたとのこと。

思いつきの設定とは違って、働く人への聞き取りも重ねたうえで選ばれた舞台だったんですね。

 

私がいちばん腑に落ちたのは、キャバクラという場所では、選ばれることがそのまま仕事になっているという点でした。

指名という言葉があるように、毎晩だれかに選ばれることが、その日の仕事の成果になっていく。

王子さまに見つけてもらうのを待っていたシンデレラの話を、いまの街に置き直すなら、これ以上ぴったりの場所はなかなか見当たりません。


埋まらない何かの正体

それでも、「特定の職業をしてる人は満たされていないと決めつけてしまう」という心配は残りますよね。

その答えは、概要欄の説明文の後半にありました。

説明文は、彼女がずっと埋まらない何かを抱えていた理由を、誰からも愛されなかったからではなく、自分が自分を愛していなかったからだと書いています。

そして必要だったのは、空想の王子さまに手を取ってもらうことより、鏡の中の自分の手を取ってあげることだった、とも。

説明文は、夜の仕事を良いとも悪いとも書いていません。

最後の場面で街を行く彼女を、「新しい仕事に就いて、道の真ん中を堂々と歩いていた」と受け取ったファンもいますが、仕事を辞めたとも、続けるとも書かれていないんです。

 

つまりMVは、彼女の仕事を、埋まらない何かの原因にも、答えにもしていません。

真ん中に置かれていたのは、鏡の前に立つ彼女自身でした。

「認めるな」「人権?ないよ」という言葉が向けられたのは、まさにMVの彼女と同じ仕事をしている人たち。

その仕事をしているMVの彼女に、自分を認めていいと言ったのが、ミセスの「シンデレラ」だったんですね。