2026年10月20日の朝、大阪市北区にある大阪地方裁判所の北門の前で、60歳の会社役員の男性が首を刃物で刺され、救急車で運ばれました。

刺したとみられる67歳の自営業の男はいったん現場を離れたあと、近くの警察署へ自分から出向き、殺人未遂の疑いで逮捕され、男性とのあいだに「金銭トラブルがあった」という趣旨の話をしていると報じられています。

刺された男性は、そのとき弁護士と一緒にいたと伝えられています。

事件の直後には「被告人が刺された」という投稿も広がりましたが、本当にそうだったのか、そして、なぜよりによって裁判所の前だったのか。

大阪地裁の北門前で首を刺された60歳男性

関西テレビによると、男性が刺されたのは20日の午前9時45分ごろで、その5分ほどあとに、消防へ「男性が包丁で刺された」という通報が入りました。

場所は大阪市北区西天満2丁目、大阪地方裁判所の北側の路上で、JR大阪駅から南東へ1キロほど、オフィスビルや飲食店が並ぶ一角です。

大阪地方裁判所のプロフィール

大阪高等裁判所と大阪地方裁判所が入る合同庁舎

  • 場所 大阪市北区西天満2丁目
  • 建物 大阪高等裁判所・大阪地方裁判所・大阪簡易裁判所の3つが入る建物
  • 敷地に入る門 正門・北門・東門の3つ
  • 所持品検査 2018年1月9日から、建物の正面玄関で金属探知機などを使って実施

写真:KishujiRapid(Wikimedia Commons/CC BY 4.0)

報道によると、男性は首のあたりを刺されて重傷ですが、運ばれるときには意識があり、命に別状はないと伝えられています。

 

刺されたのは門の外の路上で、そのあと男性は門を入ったあたりで倒れていたようです。

現場を見た人は「血がだらだら出ている感じ」だったと話していて、タオルで傷を押さえていた男性の血の跡は、門の外の道にも敷地の中にも残っていました。

北門のまわりはすぐに通行止めになりました。

刺されたのは被告人だったのか

「被告人が刺された」と書いたのは、「ただの傍聴人」を名乗る、裁判の傍聴をしている人のアカウントでした。

傍聴で「被告人」を見慣れている人なら、裁判所の前で血を流している人を見て、まず「これから裁判を受ける人」を思い浮かべても不思議ではありません。

けれども、その後の報道で分かってきた男性は60歳の会社役員で、刑事裁判の被告人だったという話は、20日の昼の時点では、どの報道からも出てきていませんでした。

罪に問われて刑事裁判にかけられている人は「被告人」ですが、お金の貸し借りなどを争う民事裁判では、訴えた側を「原告」、訴えられた側を「被告」と呼ぶので、ふだん裁判に縁のない人には同じ言葉に聞こえます。

 

事件を伝えた投稿への返信や引用には、ほかに「民事訴訟の当事者か弁護士では」という見立てや、「ヒットマンか」という声も出ていました。

出ている3つの説と、いま分かっている材料

  • 被告人が仕返しされた説 刺されたのは会社役員で、昼の時点では刑事裁判の被告人だったという報道はなし
  • お金の裁判の相手を待っていた説 弁護士と一緒・裁判や調停が多く始まる10時の直前・お金のもめごと、がそろう
  • 誰かに雇われた人の犯行説 刺した男は出頭して容疑を認め、自分と相手のお金のもめごととして話している

3つのうち材料が重なっているのは2つ目で、男性はお金のことで何かの法律の手続きに関わっていて、その用事で弁護士と裁判所へ来ていた、と見ると話はつながります。

ただし、2人のあいだで実際に裁判や調停(裁判所で第三者をはさんで話し合う手続き)が開かれていたのかは、まだ発表されていません。

ところがその日の夕方から、刺された男性について、別の話が伝わりはじめます。

刺された男性は裁判に出る予定だった

20日の夕方、読売テレビは、刺された男性が別の刑事事件の裁判に、被告人として出るために裁判所を訪れていたとみられると伝えました。

FNN(フジテレビ系)も、男性はこの日に開かれる裁判に出る予定だったとみられると報じています。

刑事の裁判だとまで伝えているのは読売テレビで、朝日放送などは「裁判の当事者として来た」とだけ伝えています。

 

朝日放送の司法担当の記者によると、北門は弁護士など裁判の関係者がよく使う裏口のような門で、傍聴に来る人の多くは反対側の正門から出入りするそうです。

裁判に出る人が弁護士と一緒に北門へ向かうところを、門の外で待っていた、と見ると、場所の選び方にも説明がつきます。

 

お金のもめごとの大きさも見えてきました。

朝日放送によると、男は警察の調べに、男性とのあいだにおよそ3000万円の金銭トラブルがあったという趣旨の話をしています。

ただ、男性が被告になっていた裁判が、刺した男とのお金のもめごとをめぐるものなのかどうかは、どの報道にもまだ書かれていません。

人前で刺して自分から出頭した67歳の男

逮捕された男は、大阪市天王寺区に住む67歳の自営業です。

MBS(毎日放送)によると、男は警察の調べに「間違いありません」と容疑を認めていて、NHKは2人に面識があったとみられると伝えています。

「捕まるの覚悟の上」という声も出ましたが、引っかかるのは、平日の朝、人通りのある裁判所の門の前で刺したあとの、その動き方です。

読売テレビによると男はいったん現場から逃げていますが、ナイフを持ったまま向かった先は、現場から歩いて5分ほどの天満警察署で、そこで「裁判所の前で人を切りつけた」と話したといいます。

 

人目のない場所を選ぶこともできたかもしれないのに、男が刺したのは、相手が弁護士と一緒にいて、まわりに通行人もいる場所です。

すぐ近くの警察署へ向かったことからすると、男にとっては捕まらないことより、その場で相手に刃物を向けることのほうが先に立っていた、と読めます。

ただ、男がなぜそこまで思い詰めたのかは、まだ本人の口から伝わってきていません。

 

それに、いま広まっている「金銭トラブル」という言葉は、刺した側の男の説明です。

刺された男性の側がこのもめごとをどう見ていたのかは、まだひと言も出てきておらず、貸した側と借りた側なのか、仕事の取引先なのかで、同じ「金銭トラブル」でも中身はまったく違ってきます。

男が問われているのが傷害ではなく殺人未遂なのは、裁判では、けがの重さではなく、どんな刃物で体のどこを刺したかから「死なせてもかまわない」という気持ちがあったかを見るためで、今回は太い血管の通る首でした。

男は、刃渡り10センチほどの折りたたみ式のナイフを「脅すために家から持ってきた」と話しているそうですが、殺人未遂に当たるかどうかは、この言葉だけでなく、実際に首を刺したことから判断されることになります。

また、自分から警察へ出向く「出頭」は、刑を軽くできる「自首」とは別のもので、自首と認められるのは、警察がまだ犯人を突き止めていないうちに名乗り出た場合だけです。

今回の出頭がどちらに当たるのかは、まだ分かっていません。

所持品検査をしているのに防げなかった理由

大阪の裁判所では2018年から金属探知機などを使った所持品検査をしていますが、検査を受けるのは、門から敷地に入ったあと、建物の正面玄関に入るときです。

門の前の道は、検査の外にあります。

事件のあと北門は閉じられ、ふだんここを通る人たちは遠回りをすることになりました。

そのうえ、裁判や調停があるなら、その日と時刻は前もって相手の側にも知らされます。

相手がいつ門の前に現れるかを知っている人なら、検査のない道で待つこともできてしまうのです。

 

門の外の守りが手薄なことは、裁判所の側でもすでに問題になっていました。

報道によると、最高裁判所は2026年4月24日付で全国の地方裁判所に事務連絡(裁判所の内部向けの指示)を出し、職員の安全を守るには裁判所の中だけの対応では限界があるとして、敷地の中だけでなく、もっと広い範囲での備えと、地元の警察本部との連携を求めています。

全国の裁判所には、刃物を通しにくい防刃チョッキも新たに配られました。

このとき守ろうとしたのは職員でしたが、門の外が手薄なのは、裁判所に来る人にとっても同じです。

東京家裁と杉並で起きていた刃物の事件

報道によると、最高裁の事務連絡は、2026年1月15日に東京都杉並区のアパートで起きた事件を受けたものです。

家賃を払わない住人を部屋から出す強制執行(裁判所の決定にもとづいて、明け渡しなどを強制的に行う手続き)の最中に、裁判所から来た執行官(手続きを実際に行う裁判所の職員)と、家賃保証会社の61歳の男性が刺され、保証会社の男性が亡くなりました。

逮捕された住人の男は、捜査関係者によると「自分の人生がどうなってもいいと思って2人を刺した」と話していたと報じられています。

杉並の事件の7年前、2019年3月20日には、東京・霞が関の東京家庭裁判所の入口付近で、離婚の話し合いのために来ていた31歳の女性が首を刺され、亡くなっています。

逮捕されたのは32歳の夫で、NHKなどは当時、夫が刃物を3本持ち、手荷物の検査を受ける前の女性を待ち伏せしていたとみられると伝えていました。

投稿にあるとおり、このときは犯人が現場から逃げていましたが、今回の男は、いったん離れたあと、歩いて5分の警察署へ自分から向かっています。

 

お金や家族の争いは、裁判所が答えを出せば終わるわけではなく、払えと言われた側、出ていけと言われた側の気持ちが、手続きの日に向かって積み上がっていくことがあります。

杉並では手続きの現場で、東京家裁では入口で、刃物が向けられました。

大阪の男性が出る予定だった裁判に、刺した男がどう関わっていたのかはまだ分かりませんが、裁判のために足を運んだその日に刃物を向けられたという点では、今回も同じです。

調停や裁判の日に門の外で身を守るには

裁判所は一生に一度も行かない人のほうが多い場所ですが、離婚や相続の調停、お金の貸し借りの裁判などで、ある日突然呼ばれることがあります。

弁護士の肩書で発信している人からも、本人が出ていく日の危なさを考えておくべきだという声が出ています(投稿の「60代の男」は刺した側の男のことです)。

相手から脅すような言葉を受けている、待ち伏せされそうだと感じているなら、当日を待たずに、弁護士だけでなく警察にも相談しておくことが、門の外の守りになります。

家庭裁判所の調停なら、暴力の危険を前もって伝えておけば、相手と顔を合わせないよう先に帰してもらうといった配慮を頼めることもあります。

争いを終わらせるために足を運ぶはずの裁判所の、そのいちばん手前で刃物が向けられたことが、この事件のいちばん怖いところではないでしょうか。