2026年10月17日、パリの共和国広場で、フランス共和国の象徴であるマリアンヌ像の台座が壊されました。

9月に学校への不満から始まった高校生の抗議に物価高への怒りが重なり、フランス各地で破壊と放火が一気に広がった日のことです。

その前日の16日には、NHKが「無関係の映像を使って、移民が暴動を起こしているとする偽情報がSNSで広がっている」と伝えていました。

日本のテレビからは「教育環境の改善を求める高校生のデモ」と聞かされていたのに、目の前の映像では像がどんどん壊されていきました。

テレビはなぜ「高校生のデモ」としか言わないのか。

移民や極左グループの関わりはどこまで本当なのか、そして日本も本当にいつかこうなってしまうのでしょうか。

10月17日のフランスで起きたこと

この日は高校生に加えて、労働組合や「黄色いベスト運動」の参加者も、生活費と燃料価格の高騰に抗議して街に出ました。

黄色いベスト運動は、2018年に燃料税への怒りから広がった抗議です。

内務省の発表では、この日のデモには全国で約55万人が加わっています。

パリでは昼ごろから共和国広場の周りで衝突が始まり、警察に花火が撃ち込まれ、車や新聞の売店が燃やされて、警察は催涙ガスと放水車で押し返しました。

フランスの報道によると、共和国の象徴だった像の台座は、警察に投げつける石を作るために打ち壊されています。

パリの共和国広場に立つマリアンヌ像

 

被害はパリの外にも広がり、南部の港町マルセイユではデモ隊が市庁舎に押し入って周りの店が略奪され、南東部の大都市リヨンでは観光案内所に火がつけられました。

フランスの地図。パリ、パリ郊外、リモージュ、リヨン、マルセイユと、イタリアのミラノの位置

フランス中部の街リモージュは、なかでも被害が大きく出た街です。

1883年に完成し、国の歴史的建造物にも指定されている市庁舎に集団が窓を割って入り込み、火をつけて、街のシンボルだった鐘楼と屋根の大部分が焼け落ちました。

国から任命されてこの地域を治める県知事は、これを「破壊者による意図的な放火だ」と話しています。

 

警察を取りまとめるローラン・ヌニェス内務大臣によると、デモの列の外側に現れた「破壊者の集団」は「極左の明らかな扇動による」もので、場所によって数百人から数千人にのぼったそうです。

大臣はさらに、極左の集団とは別に、騒ぎにまぎれて店を狙った「機会に乗じた犯罪者」もいたと付け加えました。

内務省が18日に発表した数字では、17日の1日だけで全国の逮捕者は2,397人、けがをした警察官と憲兵(軍に属する警察)は997人にのぼっています。

マクロン大統領のもとで内閣を率いるセバスチャン・ルコルニュ首相がその夜のうちに明かした暫定の数字は約1,200人でしたが、明け方まで続いた逮捕を数え直すと、2倍近くに膨らんでいました。

パリではデモに加わっていた1人が心肺停止で亡くなり、検察が死因を調べています。

騒ぎは翌18日の日曜日にも収まらず、パリ中心部ではデパートに略奪の集団が押し入り、共和国広場の周りでもふたたび衝突。

19日にはダルマナン法相が、拘束した人は全国で2,513人にのぼり、すでに67人を収監したと明かしています。

法相は全国の検察に「組織犯罪」として扱うよう求め、拘束できる時間を48時間から72時間まで延ばせるようにする考えです。

同じ19日の夜からは、パリの共和国広場とレアール地区で、23時から翌朝6時まで誰も出歩けない夜間外出禁止令が出されました。

北部のリールなど4市やリヨン、ニースでも、中心部などで夜の外出が禁じられています。

 

そして巻き込まれたのは、デモとは関係なく、その街で暮らしている人たちでした。

投稿した人は、このあと「なのに警察は来ない」とも書いています。

デモに出てもいない人の店が、警察も来ないまま、すぐ目の前で襲われていったのです。

 

同じ17日、隣のイタリア・ミラノでも生活費への抗議デモの一部が暴徒化し、覆面をした黒ずくめの若者たちが大聖堂前の広場で警察に石や手製の爆発物を投げました。

ミラノで捕まったのは50人ほどで、イタリアの通信社ANSAは、加わった若者には外国にルーツを持つ人も、生粋のイタリア人も、どちらも多かったと伝えています。

始まりはパリ郊外の高校のデモ

今回の騒ぎの出発点は、2026年9月中旬に、パリの中心から南東へ10キロあまりの郊外の街クレテイユの高校で始まった、生徒と先生の抗議でした。

訴えていたのは、古くなって傷んだ校舎に、生徒を詰め込みすぎた教室、休んだ先生の代わりが来ない授業、そして教育の仕組みそのものが不平等だという不満。

この抗議がSNSで一気に広がり、校門を机やごみ箱でふさぐ「封鎖」が全国の高校へ飛び火して、10月6日のデモには内務省の発表で25万人を超える人が集まりました。

 

デモの一部は早い段階から暴徒化していき、ルコルニュ首相によると、10月14日までに警察官だけで900人を超えるけが人が出ています。

司法省によると、高校の封鎖が続いていた10月初めまでに捕まった約5,000人のうち、87%が未成年でした。

ところが10月17日の逮捕者については、内務大臣が「大半が大人だった」と話しています。

パリの検察が18日にまとめた数字でも、留置された557人のうち大人は381人、未成年は151人でした。

高校の封鎖が中心だった10月初めまでに捕まったのは主に10代、10月17日に捕まったのは主に大人で、捕まった人の顔ぶれを見るだけでも、別の騒ぎだと分かるんです。

 

高校生の抗議が続くあいだに、暮らしが苦しくなった大人たちの怒りも加わっていきました。

2026年2月28日にアメリカとイスラエルがイランを攻撃して始まった戦争で原油の値段が上がり、フランスでも燃料の値段が大きく上がっています。

そのうえフランスは国の借金が重く、国がお金を借りるときの金利も20年あまりで最も高くなっていて、利払いがかさむぶん、政府にはデモの声に応えるお金の余裕がほとんどありません。

 

ただ、燃料代が上がって暮らしが苦しくなっているのは、フランスだけではありません。

同じ戦争のあおりで、イギリスでもディーゼル燃料の値段が過去最高の水準まで上がっていますが、街が燃えるような騒ぎは起きていません。

10月17日にはベルギーやポルトガル、イタリアでも生活費への抗議デモがあり、警察とぶつかった街もあります。

140年以上前に建てられた市庁舎が焼け落ち、1日で2,400人近くが捕まるほどの騒ぎになったのは、フランスだけでした。

物価高は怒りのきっかけにはなっても、それだけで街を燃やすほどの暴動にはならないんです。

フランスだけがここまで荒らされた裏には、学校から政治まで、次の5つの事情が重なっています。

  • 学校=傷んだ校舎と先生不足に対する、9月からの高校生の怒り
  • 暮らし=アメリカ・イスラエルとイランの戦争で上がった燃料代と、借金で身動きできない政府
  • 破壊者=内務大臣が「極左の扇動」と呼んだ集団と、騒ぎに便乗した犯罪者
  • 郊外=移民の家庭が多く、仕事にも学校にも居場所のない若者が固まる地区
  • 政治=来年の大統領選挙を前に、怒りを票に変えようとする政党

暴れているのは移民なのか

映像に映る若者の顔ぶれや掲げられた旗を見れば、「これは高校生のデモではなく、移民の若者の暴動だ」と言いたくなります。

アメリカのトランプ大統領も、高校の封鎖が続いていた10月6日、「これは学校の問題ではない」と自身のSNSに書き込み、フランスの混乱は「制御不能な大量移民」のせいだと言い切りました。

これに対してフランスのバロ外相は、自分たちの国のことを自分たちで語らなければ、ほかの国に語られてしまう、という趣旨の言葉で、よその国の大統領が口を挟んだことに反発しています。

 

それでも17日に街が燃えると、アメリカのバンス副大統領が「西側のリベラルは、多様性と思いやりの名のもとに、第三世界をフランスに持ち込んだ」とXに書き込みました。

トランプ大統領も18日に「フランスが燃えている!」と投稿し、原因は「まったく別の世界から来た、心に憎しみを抱いた人々」の移民だとして、国境を閉じるよう求めています。

 

では、暴れているのが本当に移民なのかどうか、逮捕された人の数字を見れば分かるのでしょうか。

実は、フランスでは逮捕者の出自を数えること自体が、法律で厳しく制限されています。

1978年の法律で、人種や民族の出自が分かる個人のデータを集めることが、原則として禁じられているからです。

2007年には憲法院(法律が憲法に合うかを判断する機関)も、人を出自で分類する統計づくりを認めませんでした。

役所が数えられるのは国籍までで、統計局が「移民」として数えているのも、外国で生まれてフランスに移り住んだ本人だけです。

フランスで生まれた子ども、いわゆる移民2世は、どの数字にも「移民」としては出てきません。

 

2023年6月、パリ近郊ナンテールで17歳の少年が警察官に撃たれて亡くなり、全国で暴動が起きました。

このとき当時のジェラルド・ダルマナン内務大臣は「逮捕者のうち外国籍は1割だけ」と説明しています。

けれども、移民の子として生まれ育ったフランス国籍の若者は、残りの9割のほうに数えられているのです。

その若者たちの多くは、パリなどの大都市の郊外に広がる貧しい地区で生まれ育っています。

「パリ」と聞くと、石畳の道にカフェが並び、遠くにエッフェル塔が見える、こんな街並みを思い浮かべる人が多いかもしれません。

石畳の道にカフェが並び、遠くにエッフェル塔が見えるパリの街並みのイラスト

けれども、郊外の景色はまったく違います。

日本で「郊外」と聞くと落ち着いたベッドタウンを思い浮かべますが、フランスの大都市の郊外は、1950年代から70年代に足りない住まいを補うため大急ぎで建てられた大きな団地が集まり、移民の家族も多く暮らす街です。

パリ郊外の団地が並ぶ広場と、遠くに見えるエッフェル塔のイラスト

フランス政府が貧しさを理由に「優先地区」に指定している地区は本土に1,362か所あり、そこでは2022年の失業率が18.3%と周りの地区の2倍を超え、30歳未満では4人に1人が仕事を見つけられずにいました。

優先地区の住民に占める移民(外国で生まれた本人)の割合も、全国の数字は出ていませんが、リヨンを中心とするオーヴェルニュ=ローヌ=アルプ地方の優先地区では約3割と、周りの地区の2.6倍にのぼっています。

2023年の暴動を調べたフランス上院の報告書は、捕まった人の典型を「フランス国籍で、平均23歳、親の家に住み、学歴は高校卒業まで」という姿でまとめていました。

今回の暴動では、パリの検察が大人と未成年の数までは出していますが、国籍や暮らしぶりまで分かる集計は、まだ公表されていません。

国籍はフランスでも、仕事にも学校にも居場所がない若者が、移民の多い同じ地区に固まっている。

親がどこから来たかを数える統計がない以上、はっきりした数字はありませんが、こうした地区では、SNSで「移民2世」と呼ばれている若者の多くが、統計の上では「フランス人」として数えられていると見ていいでしょう。

 

郊外の若者が街を燃やす暴動は、今回が初めてではありません。

2005年10月27日にはパリ郊外のクリシー=ス=ボワで、警察の職務質問から逃げようとしたとされる10代の少年2人が変電所で感電して亡くなりました。

そこから郊外の暴動が約3週間続き、政府は11月8日に非常事態を宣言しています。

2023年のナンテールのあとにも、同じように郊外が燃えました。

フランスは20年たっても、同じ郊外で起きる同じような暴動を止められずにいるのです。

極左政党LFIと移民の票

ルコルニュ首相は10月14日、議会で「デモは、選挙のために極左政党『不屈のフランス(LFI)』を支持する勢力に利用されている」と訴えています。

LFIを立ち上げ、いまも党の顔であるジャンリュック・メランション(これまで大統領選挙に3回立候補)は9月30日、支持者に「警察の暴力に立ち向かおう」と呼びかけました。

のちに平和的なやり方を支持すると言い直し、パリのデモには自ら加わっています。

LFIの議員や市長たちが抗議をあおっているという批判について、党の側はそうした事実はないと否定しています。

 

けれども17日の騒ぎのあと、フランス政府の矛先は、いっそうはっきりLFIへ。

マクロン大統領は18日夜のテレビ演説で「今夜、私たちは皆、怒りと恥を感じている」と語り、暴れたのは「急進的な極左グループの反乱分子に、多くの犯罪者が加わった」ものだと言い切っています。

ルコルニュ首相も、「暴力をやめろと呼びかけながら、暴れた人に言い訳を与えることはできない」として、LFIにどちらの側に立つのかをはっきりさせるよう迫りました。

メランションのほうは、テレビで「私たちが民衆の運動を率いているわけではない」と答え、逆に政府と警察の対応を責めています。

映像にはパレスチナの旗も映っていましたが、フランスでは2024年春にもパリの大学でガザの戦争に抗議する座り込みが広がり、そのときもLFIの議員が現地に足を運んで支持を表明していました。

パレスチナの旗が若者の抗議に持ち込まれ、そこにLFIが寄り添うのは、今回に始まったことではありません。

 

SNSで移民と極左がひとまとめに語られるのにも、理由があります。

フランスに暮らすイスラム教徒の多くは、北アフリカなどから来た移民とその子どもたちです。

フランスの世論調査会社Ifopの調べでは、2022年の大統領選挙の1回目の投票で、イスラム教徒の有権者の69%がメランションに票を入れていました。

イスラム教徒の多い郊外の票に支えられている政党にとって、郊外の若者が加わる騒ぎを強く非難すれば、自分の支持者に背を向けることになりかねません。

だからこの政党は、怒りの矛先を「警察の暴力」や「政府の失政」へ向けておきたいわけです。

 

次の大統領選挙は2027年4月。

世論調査で首位に立つのは、移民の受け入れを厳しくするよう訴えてきた右派の国民連合(マリーヌ・ルペンが長く率いてきた党)で、AFP通信によると、高校の封鎖が続いていた10月半ばにはルペンが警察を支持し、暴力の責任は高校生の側にあると非難しています。

ルコルニュ首相が10月14日に議会で突きつけたのは、学校を直してほしいという高校生の訴えが、選挙のための材料にされているということでした。

テレビが「高校生のデモ」と言い続ける理由

NHKは10月3日の時点で、海外の通信社の報道をもとに「フランスで高校生が教育環境の改善訴えデモ 約5000人拘束」と伝えています。

NHKはそこで、「教育環境の改善を求める高校生のデモ」という説明を繰り返していました。

一方、イギリスのスカイニュースは17日、「フランスで暴力がエスカレート」と題して、警察と激しくぶつかる人たちの姿を、そのまま生中継で流していたんです。

10月17日に燃えていた街の映像は、「高校生のデモ」の一言ではとても説明がつきません。

しかもその前日の16日に「偽情報に注意」の記事が出ていたものですから、燃える街の映像をSNSで見ていた人の耳には、「あなたが見ているものはデマです」と言われたのと同じように聞こえてしまったんです。

「高校生のデモ」という一言で困るのは、映像を見た人だけではありません。

学校を直してほしいと声を上げた高校生と、17日にリモージュの市庁舎へ火をつけた集団は、内務大臣の説明を聞いても、捕まった人の顔ぶれを見ても、同じ人たちではありませんでした。

それを「高校生のデモ」とひとまとめに呼べば、燃える街の映像は、そのまま高校生のしわざに見えてしまいます。

日本経済新聞も18日、この騒ぎを「教育改善や物価高対策を求め放火・略奪」という見出しで伝えていて、これでは、教育の改善を求めた人たちが火をつけたと読まれても仕方がありません。

高校生の訴えと、その陰で街を壊した集団を分けて伝えないかぎり、視聴者はテレビを信じられず、学校のことで声を上げた高校生まで暴徒と同じに見られてしまうんです。

 

そして壊した側が誰なのかを伝えようとすると、テレビはどうしても「移民」という言葉を避けてきました。

テレビが「移民」という言葉を使わないのには、思い当たる理由が次の3つあります。

  • 出自の公式な数字がない=通信社と当局の発表に頼る日本の報道は、事実として「移民が」と言える材料を持っていない
  • 放送法とヘイトスピーチ解消法=放送法は政治的に公平な放送を求め、2016年のヘイトスピーチ解消法は、出身国で人をひとまとめにする差別的な言動をなくすよう求めている
  • 無関係の映像への警戒=2026年5月にも、サッカーの優勝を祝う騒ぎの映像が「移民の2世、3世による暴動」として広まった例があり、裏が取れない映像を流すより「注意を呼びかける」ほうを選びやすい

ちなみに、マリアンヌ像の台座が壊されたのは、17日に実際に起きたことです。

NHKが前日の16日に注意を呼びかけていたのは、それより前に出回っていた無関係の映像についてでした。

18日になると、日本のテレビもようやく、市庁舎が燃え、店が襲われた様子を伝え始めています。

それでもNHKは記事の書き出しで「教育環境の改善を訴えてきた高校生たちも加わり」と高校生を前に出し、放火は「デモに乗じて」起きたと書くだけでした。

テレビ朝日のニュースも、壊したのは「デモ参加者の一部」としか伝えておらず、フランスの内務大臣が17日のうちに名指ししていた「極左」という言葉は出てきません。

燃えた街の映像はやっと流れるようになっても、誰が燃やしたのかという、視聴者がいちばん知りたいことには、テレビはまだ答えていないのです。

パリの検事長は「極左」と言い切らなかった

ところが19日になると、「誰が燃やしたのか」の答えは、フランスの中でも割れはじめます。

ルコルニュ首相は、極左の運動が「大統領選挙まで、国に深い混乱を起こそうとしている」と非難しました。

同じ日、捜査をまとめるパリの検事長ロール・ベキュオー氏は、テレビで、暴れた人たちが極左だとは「まったく確認できない」と答えています。

捕まった人の大半は黙ったまま、政治的な主張もしないので、どんな立場の人たちなのかは言えない、というのがその理由でした。

 

リモージュの市庁舎の火事については、ダルマナン法相の話では、テロ事件を扱う専門の検察が「数時間のうちに」担当するかどうかを決めるとのこと。

担当することになれば、極左などの人たちが計画して壊したと見ていることになる、とも付け加えています。

政府は「極左」と言い、検事長は「確かめられない」と言い、日本のテレビはそのどちらも伝えていません。

テレビが答えていない「誰が燃やしたのか」という問いには、じつはフランスの捜査もまだ答えを出せていないのです。

日本もいつかこうなると言われる理由

日本で暮らす外国人がどれだけの速さで増えているかは、数字ではっきり出ています。

出入国在留管理庁が10月16日に発表した数字では、2026年6月末に日本で暮らす外国人は約428万人と過去最多になりました。

人口に占める割合は3%台の半ばですが、この半年だけで15万人以上も増えています。

さらに2027年4月からは、技能実習制度(途上国の人に日本で技能を学んでもらう名目の制度)に代わって「育成就労」という新しい制度が始まり、人手が足りない分野で、外国人を働き手として育てて受け入れる仕組みに切り替わります。

フランスも、1950年代から70年代の高度成長期に、働き手が足りないからと、アルジェリアやモロッコなど、昔フランスが植民地などとして治めていた北アフリカの国々から多くの人を受け入れてきました。

そして今回の騒ぎも、移民の家族が多く暮らすパリの郊外の高校で、「傷んだ校舎」と「来ない先生」への不満から始まっています。

人手として呼ぶときは歓迎しても、その子どもたちの学校まで手が回らないまま何十年もたつと、どうなるのか。

いまのフランスを見れば、学校から取り残された子どもたちが大人になり、同じ郊外で暴動がくり返されていくことがよく分かります。

 

日本でも、文部科学省の2025年の調べで、学校に通っていない、または通っているか確かめられていない外国籍の子どもが9,153人いることが分かっています。

学校の外では、トルコ国籍のクルド人が多く暮らす埼玉県川口市で、2023年7月に市立の病院の前にクルド人およそ100人が集まって騒ぎになり、救急患者の受け入れが5時間半止まったことも報じられました。

フランスの郊外のように、同じ国から来た人たちが集まって暮らす地域では、日本でもすでに、誰の目にも分かる摩擦が起き始めているのです。

関連記事:フランス暴動は他人事じゃない…日本でも同じことが起きる理由

「移民政策ではない」と428万人のずれ

高市早苗首相は衆院選の公示(選挙戦が正式に始まる日)を翌日に控えた2026年1月26日、党首討論の場で「自民党は移民政策を推進してはいない」と述べました。

けれども、政府が受け入れる人の数を抑えているわけではありません。

その3日前の1月23日に政府がまとめた外国人政策の総合的対応策では、日本に住む外国人全体の数に上限を設ける「総量規制」が見送られています。

働き手については、特定技能(人手不足の分野で働くための在留資格)と育成就労を合わせて、2028年度末までに最大で約123万人まで受け入れる上限が、同じ1月23日に閣議で決まりました。

そもそも政府は、「移民政策」が何を指すのかを、はっきりさせていません。

2018年3月、安倍晋三首相の内閣は国会議員の質問に答えた文書で、「移民」や「移民政策」という言葉は様々な文脈で使われていて定義を答えるのは難しいとし、「いわゆる移民政策」も意味するところが明らかではないため答えられない、としています。

中身を決めないまま「移民政策はとらない」と言い続けられるので、受け入れる人の数がどれだけ増えても、言葉の上では「移民」は一人も来ていないことになります。

 

フランスは出自を数えないことで、郊外で起きていることを数字にできなくなりました。

日本は「移民」と呼ばないことで、増えていく人たちの暮らしや子どもの学校をどうするのかという話を、正面から始められずにいます。

フランスは数えず、日本は呼ばない。

外国人の数は目に見えて増えているのに、「移民」と口にした途端に「そんな政策はとっていない」と返されてしまう。

「日本もいつかこうなる」という不安は、このずれから来ているのです。

 

政府は2026年7月24日、外国人の数をどう管理するかも含めて検討する有識者の作業部会を設けると決めましたが、その作業部会が外国人の数を本気で話し合うかどうかは、まだ分かりません。

学校から取り残される子どもたち、同じ国の人が集まって暮らす地域、そして数も呼び名もまともに語らない政治とテレビ。

フランスで重なったこうした条件を語らないまま人だけが増えていけば、フランスの郊外で起きたことは、いつか日本の街でも起きるでしょう。