2026年10月20日、『ウマ娘 プリティーダービー』のロサンゼルス公演が中止と決まると、自分で航空券とホテルを取っていたファン(ファンのあいだでは「自力勢」と呼ばれます)から、悲鳴に近い声が次々に上がりました。

チケット代は戻ってくるのに、何十万円もかけた旅のお金は戻ってこないかもしれなかったからです。

ファンが怒っているのは、出演者のビザが下りなかったアメリカの事情に対してだけではありません。

開催の直前まで座席を売り足していた運営のサイゲームズ(ゲームを作っている会社で、今回の公演の主催者)に対して、「なぜもっと早く言ってくれなかったのか」という声が相次ぎました。

その運営が、自力勢の宿泊費と交通費も返金すると発表したのは、中止の翌日、2026年10月21日の夜のことです。

運営の落ち度はどこにあったのか。

そして、戻ってくる旅費には、どんな条件がついているのでしょうか。

最初の払い戻しから外れた航空券とホテル代

ウマ娘7th ロサンゼルス公演の基本情報

ロサンゼルスの繁華街にあるピーコックシアターの外観

  • 公演名 ウマ娘 プリティーダービー 7th EVENT WORLD TOUR “THE STAGE” in LOS ANGELES
  • 日程 2026年10月22日・23日(現地時間)
  • 会場 ロサンゼルスのピーコックシアター
  • 出演 Machico(トウカイテイオー役)、高柳知葉(オグリキャップ役)、小倉唯(マンハッタンカフェ役)ら声優17人
  • チケット 80ドルの席から350ドルのVIP席まで

写真:Benoît Prieur(Wikimedia Commons/CC0)。撮影したころは、マイクロソフト・シアターという名前でした。アイキャッチの元写真:Matthew Field(Wikimedia Commons/CC BY-SA 3.0)。

7回目のライブイベント「7th EVENT」は、ウマ娘で初めて海外を回るワールドツアーとして組まれ、ロサンゼルスは東京に続く2か所目でした。

日本から見に行く人は、旅行会社のJTBが組んだ公式ツアーに申し込むか、チケットだけを買って、飛行機とホテルを自分で押さえるかの2つから、どちらかを選んでいました。

公演そのものがなくなったため、運営が中止のお知らせで払い戻すと書いたのは、現地で見るチケット、配信チケット、飛行機とホテルがセットになったJTBの公式ツアー、映画館で見るライブビューイングの4つです。

ところが自力勢が自分で払った航空券とホテル代は、この4つのどこにも入っていません。

20日の時点では、運営はこの人たちへの対応を「検討しております」と書いただけで、何をするのかには触れていません。

いちばん高いVIP席でも350ドル(日本円で数万円)なので、報道で伝えられた「20万〜30万円の航空券がむだになる」という声と比べれば、20日のお知らせで戻ると決まったのは、自力勢が使ったお金のうちいちばん小さな部分だけでした。

 

数十万円を使い、仕事の休みまで調整していた人もいると報じられていて、中止が決まる前の日には、こんな投稿も広がっていました。

開催の2日前の中止では、安い航空券ほど払い戻しの決まりが厳しいので、航空会社やホテルにキャンセルしても、手元にほとんど戻らない人もいたんです。

キャンセルしてもほとんど戻らないなら、いっそ行ってしまおうと腹をくくった人もいれば、もう現地に着いてしまっていて、観光をするしかない人もいます。

中止の直前に出ていた座席の追加販売

ビザが下りていないというお知らせが出る6日前の2026年10月13日(日本時間)、ウマ娘の公式の英語アカウントが、ロサンゼルス公演の座席を追加したと知らせ、その3日後から先着順で売り出しています。

そして日本時間の10月19日のお昼に出たのが、「半年以上前から準備を進めておりましたが、現時点でビザの承認が下りておりません」というお知らせでした。

お知らせは、ビザの手続きがどこで止まったのかを書いていないので、SNSでは3つの噂が出ています。

  • いったん下りた許可が、あとから止められた
  • 運営が、審査を急がせる料金を払わなかった
  • 料金は払ったのに、それでも間に合わなかった

噂に出てくる料金は、アメリカの移民局(外国人がアメリカで働いてよいかを、ビザより先に審査する役所)の審査を急がせる仕組みのことで、移民局の定めで2026年3月に1件2,805ドルから2,965ドルへ上がっています。

払えば移民局は15営業日以内に答えを出しますが、そのあと声優本人が日本のアメリカ大使館で受ける面接までは早まりません。

許可が止められた話と、払ったのに間に合わなかった話はどこからの情報なのかが示されておらず、3つとも公式の発表では確かめられないうえ、17人のうち誰のビザが下りなかったのかさえ明かされていません。

半年の準備でもビザが間に合わなくなる仕組みは、ウマ娘LA公演が中止…半年の準備でもビザが下りなかった理由で詳しく読めます。

 

どの噂が本当だったとしても、追加の座席を知らせる案内には、ビザの手続きのことも、公演が開けないおそれがあることも書かれていませんでした。

開催のわずか1週間ほど前に席を買った人は、そこから急いで飛行機とホテルを探したはずで、出発の直前に取る航空券は、たいてい高いうえに払い戻しもききません。

 

中止の前に「ビザの見通しくらい立てろ」と運営を責めていた人の中にも、ビザの結果は運営にも読み切れないと知って、その批判は言い過ぎだったと認めたうえで、追加販売だけはどうしても飲み込めないと書く人がいます。

ファンが許せないのは知らせるのが遅すぎたこと

自己責任ではなく運営の責任だと書く人も、ビザが下りなかったこと自体は「アメリカのせいだから仕方ない」と受け止めています。

19日のお知らせを見て「おい運営なにやってんだ」と思うのは、ぱっと見たら誰でもそうなる、と書いた人もいます。

ビザを出すかどうかを最後に決めるのはアメリカですが、ファンにいつ知らせるか、知らせる前に席を売り足すかどうかは、運営が自分で決められたことです。

台風や地震で公演が中止になったとき、旅費が戻らなくても仕方ないと思えるのは、誰もその日まで中止を知りようがないからです。

 

運営をかばう声の中には、「この種類のビザは公演の半年前からしか申請できないのだから、運営を責めるのは筋違い」という説もありましたが、実際に申請できるのは1年前からで、その説そのものが誤りだと指摘されています。

今回は、ビザを申請していた運営だけが、手続きがどうなっているかを前もって知ることができ、ファンは何も知らされないまま飛行機を取っていました。

なぜもっと早く言わなかったのかについては、「イベント保険のせいではないか」という見方もXで広がっています。

こうした保険は、主催者が最後の最後まで開催をめざして粘ることが前提で、先に自分から中止を決めると保険金が下りなくなるおそれがあるから、発表がぎりぎりになったのだろう、という読み方です。

大手の損害保険会社の興行中止保険の案内を見ると、保険金が出るのは悪天候や交通機関の事故のような「不測かつ突発的な事由」で中止したときで、チケットが売れない、準備に手落ちがあったといった主催者の事情による中止は、払わない例に挙がっています。

ただ同じ案内では、出入国拒否など国の判断による中止や、出演者が出られなくなったことによる中止も、払わない例のひとつです。

運営がどこの保険に、どんな条件で入っていたのかは公表されていないので、保険のために発表を遅らせたのかどうかは、いまのところ確かめようがありません。

 

保険の説を書いた人の投稿には、参加者が欲しかったのは中止の発表ではなく、中止になるかもしれないという前もっての知らせと、最後に決める期限の告知だったはずだ、という返信もついていました。

保険のために正式な中止をぎりぎりまで待つことと、「ビザがまだ下りていない」とファンに先に知らせることは、両立できたはずです。

「来てくれる客より保険を優先したんやなって言われるだけ」という返信もあり、もし本当に保険のために待っていたのなら、その待ち時間で守られたのは運営の損だけ、ということになります。

 

何も知らされないまま海を渡る旅を組んだ自力勢は、旅費こそ戻る見込みになりましたが、やりくりした仕事の休みだけは、どんな返金でも戻ってきません。

アメリカのファンから届いた「ごめんね」

中止が決まった日本時間20日の午後、すでにロサンゼルスに着いていた日本のファンのひとりは、「涙止まらん」「アメリカ、独裁国家」「無駄足。」と投稿しました。

アメリカのファンからは「本当にごめんなさい」と謝る声や、ここにいるあいだはせめて楽しんでほしいという声が寄せられています。

24日から郊外のサンタアニタ競馬場で開かれるコスプレイベントとは別に、23日(金)の午後には近郊の遊園地ナッツ・ベリー・ファームで1時間ほどのファンの集まりがあり、夜にはアニメソングで盛り上がるクラブイベントもあると、現地のファンが案内してくれています。

日本のファンからも、現地のファンが非公式のイベントを開いてくれることを喜ぶ声が上がっています。

「独裁国家」という強い言葉に反発するアメリカの人もいますが、7月にチケットが売り出されてから組んできた旅を、ビザがどこで止まったのかも知らされないまま閉ざされた人の言葉です。

 

出演するはずだった声優たちも、トウカイテイオー役のMachicoが「様々な場所でトレーナーさんからこの公演への想いをたくさん受け取っていたので寂しい気持ちでいっぱいです」、キタサンブラック役の矢野妃菜喜が「またトレーナーさんと会える日を願っております」と、それぞれトレーナー(ウマ娘のファンの呼び名)へ言葉を届けています。

謝っているアメリカのファンも、自分の街で開かれるはずだった公演を失った人たちです。

謝る必要のない現地のファンが「ごめんね」と言ってくれていたころ、運営からはお詫びの言葉はあっても、自力勢の旅費への答えはまだ届いていませんでした。

翌日の夜に発表された宿泊費と交通費の返金

追記が出たのは中止の翌日、10月21日の夜8時半で、20日のお知らせで「対応を検討しております」とされていた人たちに向けて、宿泊費と交通費を返金する予定だと書き足されています。

追記に書かれたのは、次の3つです。

  • ホテルや飛行機の予約をキャンセルした人には、キャンセルで発生した費用を支払う
  • すでに現地へ渡っていた人には、対象になる期間と条件を決めたうえで返金する
  • 手続きでは、領収書など、払った内容と金額が分かる書類を出してもらう

キャンセル料だけでなく、もう使ってしまった旅のお金まで対象にしたことに、Xでは驚く声が一気に広がりました。

「ここまでしてくれるなら誰も文句言えない」という声があがる一方で、いちばん先が見えないのは、もう現地に着いていた人たちです。

どの日からどの日までの、どの費用が対象になるのかは、運営が決める「期間と条件」しだいで、手続きの方法もまだ決まっていません。

 

運営は追記を知らせる投稿で、「ご案内までにお時間をいただきましたことを、改めてお詫び申し上げます」と書き添えています。

キャンセルするか、腹をくくって海を渡るかは、この案内が出る前に、それぞれが自分で決めるしかありませんでした。

予約確認のメールや領収書、キャンセル料の明細は、手続きの案内が出るまで消さずに残しておくのが、いちばん確実な備えになります。

海外のイベントが中止になって、ここまで返してもらえた例はあるのか、と驚いた人もいました。

関連記事:ウマ娘LA公演旅費返金は個人も対象?領収書なしや渡航済みの返金条件を調べてみた

旅費まで返すのは珍しいのか

チケットの決まりには、主催者は旅費を負わないと書かれていることが多く、2024年9月に浜崎あゆみの福岡公演が機材のトラブルで当日に中止されたとき、弁護士ドットコムニュースで解説した弁護士も、その決まりを「法律上も一応有効」としていました。

ただ同じ弁護士は、「もっぱら主催者側に責任がある場合には、免責条項は適用されないでしょう」とも話していて、責任を負わないという決まりも、主催者に原因があれば通らないということです。

 

19日のお知らせが言うように承認が下りないままだったのなら、運営は承認のないまま、何も言わずに席を売り足していたことになります。

きっかけがアメリカのビザでも、その状態で席を売り足すと決めたのは運営なので、旅費の責任がないとは言えなかったはずです。

運営が一生懸命だったことと、お金をもらって公演を開く会社として責任を取ることは別だ、という声もあります。

交通費まで補償した例はほかにもあり、2013年4月に新国立劇場が出演者の遅刻で公演を中止したときは、チケット代の払い戻しに加えて、その日の交通費まで補償し、異例の対応として話題になりました。

公演の中止に備える興行中止保険は、もともと主催者の損を埋めるためのものです。

保険金が下りるかどうかにかかわらず、自力勢の旅費まで返すと決めたのは、運営自身です。

サイゲームズがフラスタ騒動で見せた全額返金

今回の返金で多くのファンが思い出したのは、ちょうど1年前の秋に起きたフラスタの騒ぎでした。

2025年10月18日と19日に開かれた6回目のライブイベント「6th EVENT」の秋公演で、ファンが会場に贈るお祝いの花(フラワースタンド、略してフラスタ)が、きちんと飾られないという騒ぎがありました。

運営が公式の注意事項で申し込み先として案内していた制作会社(社名も「株式会社フラスタ」)が、設置の不備や花の傷みを多く出してしまい、いったんは自分たちで返金すると約束したものの、あとになって、その返金ができない状態だと分かったんです。

 

2025年10月31日、サイゲームズは、その会社に代わって全額の返金を引き受けると発表しました。

11月に受付が始まった返金には、花の代金に加えて、花に添えるパネル(イラストなどを印刷した飾り板)を送った送料や、デザインやイラストを外注した費用まで含まれ、当時Xで「神対応」と言われていました。

トラブルを起こしたのは業者でも、申し込み先として案内した立場から、ファンが払った実費まで肩代わりした前例が、この運営にはあるんです。

 

中止の直後からSNSには「フラスタのときも幅広く負担していたから、今回も厚めに補償しそう」と書く人もいて、その読みは翌日の夜に当たりました。

次の海外公演に残る不安

ワールドツアーは、ロサンゼルスのあとにロンドン、ソウル、横浜での開催が発表されています。

次の公演でまたビザが下りなかったとき、今回のように旅費まで返してもらえるとは限らないので、海外の公演には公式ツアーでしか行けない、と考える人もいるはずです。

アメリカのイベントに招かれて出るのと、日本の会社が自分でアメリカの公演を主催するのとでは、背負う手続きも責任もこれほど違うのか、と受け止めた人もいます。

旅費は戻ることになっても、トレーナーがいちばん欲しかったのは、旅を組む前に届く「ビザがまだ下りていない」の一言でしたよね。